日本国憲法を考える

                      国際情報専攻 4期生・修了 長井 壽満

 
  
  去年は戦後60年、メディアにて大きく騒がれた。今年の8月のメディアは憲法を採り上げるのだろうか?この文章が掲載される頃のメディア論調に興味がある。日本人が戦争を忘れよう、忘れようとしている。9月は総裁選の話題でメディアは埋まるはずだ。護憲を主張する党は忘れ去られている。国民が国家を規定する「憲法」なのに、逆の状況が生まれている。戦後の後始末がまだまだ残っているのに。また8月がきてしまう。
 憲法について考えてみた。
 首相官邸のホームページにて日本国憲法の三原則は下記のように記述されている 。
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国の統治のしくみを定め、国民の権利を保障することを目的とした国の最高法規が「憲法」です。法律もすべて憲法をもとにしてつくられています。日本国憲法では、3つの原則を掲げ、国民の幸福を増進し平和で文化的な国をつくることをうたっています。

日本国憲法の三原則
(1)国民主権
  国民が国のあり方を最終的に決定する権力をもち、国の権力行使を正当化する権威が国民にあることをいいます。戦前は統治権の総覧者とされていた天皇は、現在は日本国と日本国民統合の象徴であるとされています。
(2)基本的人権の尊重
 人間が生まれながらにしてもっている自由と平等、人間らしく生きる権利を、基本的人権といいます。基本的人権は、自由権(国家からの自由)、参政権(国政に参加する権利)、社会権(国家に対する請求権)に大きく分類されます。日本国憲法では、公共の福祉に反しないかぎり、国民一人ひとりの基本的人権が尊重されることを保障しています。
(3)平和主義
 日本は、外国に侵略することを目的とした軍隊はもたず、二度と戦争をしないことを誓っています。憲法で、侵略戦争をしないことと、このための戦力をもたないことを明記しているのは、世界の中でも日本だけで、そのため「平和憲法」といわれています。

『豆知識; いまの「憲法」とむかしの「憲法」の大きな違いは?
「日本国憲法」は、明治時代にさだめられた「大日本帝国憲法」を改正するという手続きにより制定されたものであり、昭和21(1946)年11月3日に公布され、昭和22(1947)年5月3日に施行されました。その大きな違いは、大日本帝国憲法では天皇に主権があるとされていましたが、日本国憲法では国民に主権があるとされていることです。』
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 今の日本において憲法は空気のような存在である。メディアの言説でも憲法三原則まで立ち戻った議論は見かけない。しかし、歴史を振り返ると、憲法は「国家権力と国民民衆」の闘いの結果、国民民衆が勝ち取ったルールである。国家主権と統治される者との関係を「法の支配」という形で決定付けたのはイギリスにおける「マグナ・カルタ」(1215年)である。その内容は、領主たちが国王の支配から自由であること、領主にその領地内の人民を支配することを確認するなどの内容が盛り込まれていた。領主を国民と読みかえれば、国民主権・基本的人権の尊重の概念が含意されている。
 憲法が社会制度として意味を持つためには「法の支配」の原理が人々の意識に存在しなくてはならない。法の支配のエッセンスは「統治者を法によって拘束し、被治者の権利・自由を守る」ことにある。憲法は統治者を縛る法として存在している。イギリスは法律が全てであり、憲法を持っていない。憲法の扱いは国々によって違う。日本の憲法は敗戦によって、占領軍-アメリカ-によってつくられた。内容は「国民主権」・「基本的人権」・「平和主義の尊重」が三本柱となっている。2007年は日本国憲法が成立して60年目の年であった。この61年の間に、東西冷戦の終了、EUの成立、中国の台頭、市場経済主義の跋扈、グローバル化、と日本国内外の政治状況が大きく変わっている。憲法の解釈も変化してきている。憲法第九条は、選挙のたびに論争の的になっている。憲法条文で述べている「三大原則」の考え方を整理してみよう。

1. 国民主権
    「基本的人権」が「国民主権」の基本概念となっている。「基本的人権」は@あまねく人間の権利、A天賦の人権であり、国家によって与えられたものではない、B国家の如何なる権力を以っても奪うことのできないもの、の三点セットで構成されている。現行憲法の条文には国民主権の根拠となる「法の支配」を直接に明言する規定はない。しかし、憲法第98条第一項が「この憲法は国の最高法規であって」と規定している。最高法規の憲法97条に「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、・・・・、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」。「基本的人権」を天賦の人権と認めたうえで、国民は「憲法」をとおして「国家」の規範を定めている。憲法にはどの条項にも国民に憲法を守れと命じた規定がないのは、国を規定するルールという「憲法」という精神から当然なことである。故に、国民主権が日本の「法の支配」の大前提となっている。「国民主権」が「衆愚政治」にならないか? 戦前、大正デモクラシーが軍部独裁を呼び込んだ。同じ轍を踏まないよう願っている。

2. 基本的人権の尊重
    1項で述べたように基本的人権は憲法97条にて規定されている。11条には「国民は、すべての基本的人権の享受を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は・・・」とある。但し、憲法に「人権」の定義はなされてない。欧米の人権概念の歴史過程から人権は「自由権」・「請求権」・「参政権」の三権に区別し得る。毎年3万人以上の自殺者が居るのに・・・、人権があるのだろうか?
    2−1.「自由権」の規定:
    具体的に13条で「個人の尊重・・」、14条で「法の下での平等」、18条、27条第3項、33条、34条、36条、39条で具体的に「人身の自由」を規定している。このほか「思想及び良心の自由」、「信教の自由」、「集会及び結社の自由と勤労者の団結権及び団体行動の自由」、「表現の自由」、「通信の自由」、「選挙の秘密」「居住、移転、職業選択及び国籍離脱の自由」、「学問の自由」、「婚姻生活及び家族生活における平等」、「財産権の不可侵」、「居住、書類及び所持品に関する自由」、「供述の自由」が憲法に規定されている。これ等の「自由権」の具体的行使基準は各法律にて定める。
    2-2.「請求権」の規定
    憲法にて「請求権」の具体的な内容は、「請願の自由」、「公務員の不正行為に対する損害賠償請求権」、「生活の権利」、「教育を受ける権利」、「勤労の権利」、「裁判を受ける権利」、「刑事補償請求権」が規定されている。
    2-3.参政権
    憲法にて「参政権」の具体的な内容は、「公務員の選定及び罷免の権利」、「最高裁判所の裁判官を審査する権利」、「地方公共団体の特別法に同意する権利」、「憲法改正を承認する権利」が規定されている。
 このように国民の権利はしっかりと規定されている。国民の義務に関しては12条「自由・権利の保持義務」「自由・権利を濫用しない義務」「自由・権利を公共の福祉のために利用する義務」、26条「教育の義務」、27条「勤労の義務」、30条「納税の義務」だけである。
 日本国憲法は「国民国家」として強大な権力を持つ政府に対して、「法的な制約」を課すことを強く意識されて構想された憲法である。あらゆる法的関係は、権利と義務の関係に分解される。かりに義務が必要であるのなら、国会が法律を作り、そのなかに義務規定を設ければ十分である。
 憲法には「基本的人権」の「人」権が定義されてない。多様化した現代において、「人」権がhuman right,civil right,political right,social right,と多くの意味を含む。ジェンダー、女性の権利、エスニックの権利と人権の言葉自体があいまいになってきている。外来語である「人」権を日本人が具体的にどう肉付けしていくのか、肉付けする政治哲学を日本人は持ちえるのだろうか。

3. 平和主義
     憲法第二章は「戦争の放棄」と題し、9条をもってつぎの如く規定している。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。9条の条文を素直に読めば@日本は侵略戦争を含めたいっさいの戦争と武力の行使及び威嚇の放棄、Aそれを徹底するために戦力の不保持を宣言した、B国の交戦権を否認した。この三点を憲法で明確に記載したことにより、憲法上において、徹底的な戦争否定の態度を打ち出していると解釈できる。日本政府は「自衛戦争の放棄はしていない」と憲法判断を行い、自衛隊を創出した。もし戦闘が起きた場合、憲法で規定してある交戦権放棄に抵触する。イラク派兵は憲法条文からはやはり納得できない。
 憲法は国内・国外に政治的な問題が生じたときに判断を仰ぐべき「国の最高法規」である。憲法の解釈が時の政治状況により変わると、なし崩し的に「法の支配」の原則が侵されてしまう。現実と法の内容に差異がある場合、齟齬をなくす政治行為が必要である。
 首相官邸のホームページで憲法の三原則「国民主権」・「基本的人権の尊重」・「平和主義」を謳っている。憲法成立時の日本の政治状況と61年後の今の政治状況と違うのはやむ得ない現実である。しかし、「法の支配」を貫徹するのであれば、法を現実の世界に合わせていく必要がある。司法の尊厳を守るために司法は憲法判断に踏み込むべきである。自衛隊及び2003年6月に成立した有事法制3法は戦争を前提にした戦時立法と理解されてもしょうがない内容であり、憲法で言う「平和主義」とはなじまない内容である。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2005年版年鑑で、日本の軍事費は米国、英国、フランスに次ぐ四位と記載されている 。日本の自衛隊・有事法制三法は明らかに憲法の規定から乖離し過ぎている。
 日本国憲法の三大原理は非常に崇高な理想を追っている。しかし、現実とは大きく乖離してしまった。日本人がこの乖離をどうするのか、周辺諸国は静かに見ている。むしろ日本人が日本憲法の三大原理に無頓着なのが心配である。
 2007年7月末日
 以上


参考図書;渋谷秀樹『憲法への招待』岩波新書、2004年5月14日

 

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