「吉川幸次郎に魅せられて」

博士後期課程・総合社会情報専攻 1期生・修了 川田基生 

  
 
 40年前、岡崎高校の1年の春。風邪で数日欠席。病床横にはステレオ(スピーカーと一体型のコンポ)があり、当時始まったばかりのFM放送でたまたま吉川幸次郎博士の連続講演を聞きました。杜甫の詩のお話に大変感銘をうけ、ひそかに吉川先生の下で中国文学を学ぶことが夢となりました。  
 
  小児の学問は止(た)だ論語  
  大児は結束して商旅に随う  杜甫「最能行」  
 
 吉川幸次郎の講話には詩の響きがあり、中国の景色、光景が鮮明に伝わってきます。仁者でもあられ、生き方の問題を平易に語られるのが魅力でした。  
 文学部には進学できず、汗にまみれた日々をその後40年送りました。  
 3年前、博士論文を構想した時に、吉川幸次郎の学問が気になりました。私のテーマはシェイクスピア詩劇と能楽に融合文化論的アプローチするもので、英文学と国文学は必須科目ですが、中国文学は素養として自由な考察の対象です。元朝はある意味でシェイクスピアのエリザベス朝に似ている。科挙を廃止し、演劇の創作が盛んになった元朝の戯曲には傑作が多い。吉川幸次郎の博士論文はその分析です。  
 吉川幸次郎の博士論文につながる論文を洗ってみました。昭和17年10月「元雑劇の聴衆」『東洋史研究』7巻5号、昭和18年6月「元雑劇の作者」(上)『東方学報京都』十三冊三分、など。  
 1942年 10月 元雑劇の聴衆  
 1943年 6月 元雑劇の作者(上)  
    9月 元雑劇の作者(下)  
 1944年 2月 元雑劇の構成(上)   
     6月 元雑劇の構成(中)  
 1945年 1月 元雑劇の意義  
 1946年 9月 元雑劇の構成(下)  
      11月 元雑劇の文章  
 1947年 2月 博士論文審査  
   
 吉川幸次郎は論文を数本書き、それをまとめて博士論文にしている。これはドイツのVU号を拡大再構築し宇宙空間を目ざしたアメリカ型というより、VU号をシンプルに3本束ねて宇宙をめざしたソ連のロケット開発に似ている。アメリカの宇宙開発は挫折の連続であって、ソ連が先行。ソ連は宇宙ロケットを公表しなかった。つまり、形を見せればタネあかしになるのだから。  
 吉川博士の論文を観察するとそれほど手の届かないわけではない、そう思えました。量を重ねて質を高める努力と解釈。吉川先生であっても、若く、学問に専念してみえても、かなりの歳月を要している。そして、杜甫ではない。前人未踏の元曲を学位論文のテーマとしてみえる。1942年以降の時代の要請を考慮してみえる。などなど、詩劇を研究対象としている私には良質の他山の石と思えました。  
 論文を数本発表しなさい、というのは博士課程後期のノルマであり、別に申し上げることでもないのでしょうが、私のイメージとしては月ロケットの開発だったのです。私の目的地はルネサンスの詩の響きの世界なのですが・・・。  
   
 修士課程では論文提出直前に入院1回。博士課程では手術3回。うち1回は集中治療室隣りの手術室でした。手術台の照明のまぶしさも生々しい思い出です。

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