オックスフォードの窓辺から(1)
爆笑!ここがヘンかも?外国人
(マルタ共和国編)
文化情報専攻 6期生 外村佳代子
AD60年にキリスト教が伝来してからは、長い間異教徒との戦いが続く。立地的に他教の侵入を防ぐヨーロッパの入り口としての役目を担ってきた。更には地政学上の要衡でもあったマルタは、AD454年のヴァンダル帝国による支配から始まり、わずか600年間でビサンチン帝国を含む4つの帝国に支配され、近代に入ってからもオスマントルコ軍との戦い(グレートシーズ)やフランス軍(ナポレオン)による支配、イギリス軍による占領を受け、マルタがマルタ共和国として完全独立国家となったのは1974年のことである。ナポレオンの失脚後、イギリス海軍がこの島を基地として利用したことから、第2次世界大戦中はイタリア、ドイツの第一攻撃目的地とされたにもかかわらず、人々は崩れ落ちた建物の瓦礫のような壊滅的なダメージを受けていない。度重なる侵略や攻撃を受けても、何度でも立ち上がるマルタの街と人々は「マルタの奇跡」と呼ばれ、「世界の不思議」と呼ばれるゆえんである。
タコを取るために海にもぐった。今回マルタに来た目的である。私が住んでいるイギリスではあまり魚介類は好まれない。「デビル・フィッシュ」などとタコに対して失礼な呼び方をする彼らは、当然生のタコを口にしようなどと考えも及ばない。ロンドンあたりの高級日本食レストランでは、タコの握り鮨くらいは食べられるが、私が食べたいのは生のタコである。寿司に乗ったゆでタコより少し薄めに削ぎ切りにして、わさび醤油をちょいとつけて食べるのである。それに飽きたらタコのカルパッチョがいい。スライスして水にさらしたオニオンにタップリの細ねぎ、手に入らなければチャイブで代用も出来る。オリーブオイルとワインビネガーとバルサミコ。これに一つまみの砂糖を加え、日本人の私は醤油をたらす。その調味液の中にタコをしばらくつけて味をしみこませてもいいが、待てないときはかつおの土佐作りの要領で液をかけまわすだけでもよい。残ったタコはどう調理してもよい。ゆでタコでも、タコしゃぶでも、鍋があればタコメシにしてもいいのだが、から揚げにする分だけは必ず取っておく。
同行するのはイタリアンの♂と♀、現地で待ち合わせたマルチーズ(ジモティー)の3人。全員スキューバダイビングの経験者である。イタリア人とは食文化の点で高い共通の認識があり話が早い。彼らイタリアンは皆食べることに至福の喜びを見出す。美味探求には努力を惜しまない。そこらへんがイギリス人とは大違い。だからどこかで何かを食べたいと思うと彼らを誘う。今回もタコを食べよう!と言ったら、翌日にはマルタ行きが決まっていた。「タコのことならイタリアンに任ろ!」と言うので、丁重にお断りをした。彼らは海からたこを上げると岩場に死ぬほど叩きつけるのだ。タコの繊維は硬くてそのままでは食べにくい。そのために繊維が粉々に砕けるほど何十回も叩きつける。以前イタリアの漁村で食べた新鮮なタコは足が4本しかなかった。その後、一度急速冷凍にするといいという話を仕入れて安心した。
タコは水深7~8mの岩と砂があるところに生息している。砂場に不自然な形で小石や貝がらが集っている穴を見つけたら、30秒ほど凝視する。モゾッと小石たちが動いたらそこが彼らの住処である。ところが私が思っていたより彼らの動きは早く、賢い。命が危ういとなれば更に必死である。何度モリを撃ってもやつらはニヤッっと笑いながら逃げていく。墨すら吐かない。(ナメている証拠)
午後になって少々焦ってきた。時間がない。明日の夕方には仕事に戻らねばならない。水中でカサゴを見つけたイタリアン♂は「カサゴ?つぼ八?」と言いながらカサゴ採りに方向転換をしてしまった。以前日本で、居酒屋つぼ八に連れて行ったことがある。そこで食べたカサゴの煮付けがいたくお気に召したらしく、ボートの上の彼女に食べさせたいというのだ。カサゴには刺されると即病院にいかなければならないほどの猛毒がある。教えてやろうかと思ったが、彼のモリにかかるほどドンくさくないのでほうっておいた。ちなみにイタリアン♂は、つぼ八が日本で最高の日本料理屋だと固く信じている。本人がそう思っているのだから私もわざわざ訂正もしないし他の店も連れて行かない。
スキューバダイビングの基本は、バディと呼ばれるパートナーとの行動が原則である。エアーの残量や体調の確認、無理やアクシデントを防ぐためにお互いを監視しあうのである。水中で意識を失ったダイバーはその腰に巻いたウエイトの為沈んだままになる。エアーが突然出なくなることもあれば、足がつってパニックに陥ることもある。そんな時ライフセーバーとなるのが、バディの存在である。イグジット(海から上がる)までお互い手の届く範囲にいることがバディのルールである。しかし、しかしである。ジモティーは船上で行動計画を話し合う以前に船から消え、ジモティーを自分勝手と呼んでいたイタリアン♂もエンター(入水)後3分で視界から消えた。取り残された私はしばらく一人で岩場をつついていたが、急に不安になり先に私はイグジット。船の上のイタリアン♀は独り言を言った。 「ここ、ホホオジロザメがいるのよね〜」 さらに私のほうを向き直って続けた。 「そうそう、知ってた?数年前に捕獲されたサメのおなかの中から、首のない軍人の体が出てきたのよね。気の毒ネエ・・・・カサゴまだかしら?」 そんなことより、だんなの心配しろよ!
イタリアン♂はカサゴを追いかけ、飽きっぽく他人と同じ行動を嫌うマルチーズ気質のジモティーは、今はロウニンアジを追いかけている。刺身にするといいと言ったら、これまたマルチーズ気質、好奇心旺盛のジモティーは刺身を食べたい一心で潜ったきり上がってこない。 私のライセンスはプロのバディとでなければ潜れない。(というよりジョーズになりたくない)つまり、この時点で私の生タコの刺身の夢はまさしく海の藻屑と消えたのである。サメの心配もさることながら、彼らのエアー残量が心配になってきた。計算からはじくとそろそろ限界の時間のはずである。私のソワソワが気になったイタリアン♀が、「タコが食べたいの?なら私がいっしょに入ってあげる」と言い出した。 サメは嗅覚で動く。バンドエイドを貼った傷口の血のニオイ程度でも10キロ先からかぎつけて集ってくるという。「あなた、今日は海に潜っちゃいけない日ですから。サメ寄ってきちゃいますから。残念!」というとイタリアン♀は笑いながら言う。 「アハハ!そうなったら、指でもかじらせてあげれば〜」大笑い。 私、ムツゴロウさんじゃありませんから=。 日没。
翌朝、ジモティーが秘密の場所へ案内してくれるという。イタリアンは連れて行かないという。秘密するようにというので、場所は秘密にする。船でしばらく沖に行き、「ここなら釣れるぞ、絶対釣れる。」と何度も言いながらエンジンを止めた。何が釣れるのかと聞いても、「早く釣れ」と言うだけである。ちらりと水面に2m近い黒影が映った。 「サメは食べないぞ!」 と言うと、いいから早く釣れ。という。泳ぎ方からしてサメではない。えらく速い。それにしてもこの男、何をそんなに慌てているのだろうと思ったが、彼の用意した仕掛けを投げた。一投目でラインが絡まってしまい、手元に引き寄せてラインを切った。かなり太いラインである。ポルトガルでのカジキまぐろのトローリングを思い出した。 「早くしろ。早く釣れ」 何をそんなに急いでいるのか聞いても何も答えない。「悪いことしてんじゃないでしょうね?」と聞くと、 「いいんだ。お前はジャパーニーズだからいいんだ」と言う。 その時、背後で船の警笛がなった。ジモティーは慌ててエンジンをかけその場から立ち去ったのだ。いきなりの全速全快に私はしりもちをついてしまい、カメのように仰向けで起き上がれないまま寄港となった。
何も話しそうにないので、面倒だから私も何も聞かなかった。ホテルのフロントでこの辺で一番の釣りのポイントを教えてもらった。 「どこでも何でも釣れるわよ。ただし、マグロの養殖場所だけは禁止ね」 マグロ?養殖? 「ブイが浮いているからすぐわかるわよ。沖に20分くらい。出荷先は100%日本よ」 ははん・・。彼がなぜ慌てていたかよくわかった。だから私はいいんだ。
どこの国に行っても何でもしてみたいと思う。ただし、犯罪者にだけはなりたくない。絡まった糸に感謝した。ジモティーを問い詰めても大して悪びれた様子はない。 「日本で食べるかマルタで食べるかの違いだろ?」 一度マグロの刺身を食べてみたいと思っていたと言う。秋になったら日本で最高のレストラン、つぼ八に連れて行ってやる約束をした。
追記 スキューバダイバーがサメに襲われることは殆どないのだそうだ。サメは水面にいるアシカやアザラシを襲うことがあっても、サメより下にいるものに対してはそれほど攻撃的ではないらしい。サメに遭遇したら、水中で動かなければいいそうです。
後日、ダイバーのインストラクターをやっている友人にえらく叱られました。ダイバーは海の生き物を触ることはおろか、貝や岩に触れることすら禁じられているそうです。見ること。だけが許されている行為です。決してモリなどを持ってエンターしてはいけません。やったら・・・ライセンス剥奪だそうです。ご注意を。(よかった〜タコいなくて・・・・) 注:海と共に生活をしているような国では、このルールは当てはまらないそうです。
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