香港のいま

−日本語教育の現場より−

                              

   

    人間科学専攻 7期生 野口壽美

   

 香港は1997年に中国に返還された。イギリスの香港が中国の香港になったのである。

 しかし、現在香港には、返還後五十年間は、今までのイギリス植民地時代と同様の制度を維持するという法律「一国両制」がある。一つの国に二つの制度とはいうものの、やはり変化はみられる。教育機関においては、イギリス・香港であったころの中学校は、ほとんどの科目が英語で行われる英文中学校のほうが多かった。しかし、中国・香港になってからは、英文中学校の数が半分に減り、7割以上が中国語で授業が行われる中文中学校へと変わっていった。それでも香港市民は、自分たちの子どもを英文中学校に入れようと今も躍起である。非常に狭き門となった英文中学校に入学するために子どもたちの勉強量は、今後ますます増える傾向にある。

  

香港は、広東語が公用語である。それに、1997年の返還までは、英語は当然、第二言語という位置を示し、ほぼバイリンガルの社会であった。しかし、現在では、もはや英語は外国語という感が強い。広東語に加えて、英語、さらに北京語の導入で、三言語の習得が勧められているのである。このようなマルチリンガル学習の中で、日本語などの外国語が学校教育の中に取り入れられる余地はないと香港政庁はみていた。

しかし、そのような状況下で、2002年にある中学校で日本語が正式科目として導入された。その学校を皮切りに、日本語を正規科目として取り入れる学校が増えつつある。実は、香港の年少者たちは、日本語に非常に興味を持っていたのである。何がそんなに彼らの日本語熱を上げるのかというと、子供たちは日本の漫画やプレイステーションなどのゲーム、アニメ、映画、ドラマ、人気タレント、文房具用品などのキャラクター、カラオケなどの流行文化から常に日本語に接していたのである。更に、耳で覚えたいろいろな日本語を知っている。例えば、「ありがとう、こんにちは、おはよう、さようなら、先生、ピカチュー、ハム太郎、ドラえもん、犬夜叉、さくら、大好き、おいしい、かわいい」など。そして、もっと日本語が知りたい、話せるようになりたいという傾向があり、英語などの語学を習得する際の「勉強」という感覚ではなく、興味を持って日本語に触れようとしているようである。しかしながら、香港での日本語学習者のほとんどは成人である。成人の日本語教育は充実しているのだが、年少者における日本語教育は始まったばかりとあって、それぞれの小学校や中学校が自己流に教え始めているところが多い。

そこで、今回ご紹介するのは、先日、香港のある小学校の日本語の授業参観に行ったときの様子だ。そこでは6年生だけが、1週間に1時間だけ正規の科目として日本語が導入されている。このような授業風景の様子は、筆者も始めて見るものだった。日本語を教える先生が学校に一人しかいないということもあり、講堂に6年生の全生徒、約180名を集めて、先生がマイクを持って授業をしている。黒板になるのは、壇上に吊るされた大きいスクリーンで、教材にはパワーポイントやビジュアライザーなどが使われていた。これだけ大勢の子供たちのクラスコントロールをしながらの授業は大変だ。各クラスの担任も来ており、授業中、担任の先生は子供たちの学習態度を行ったり来たりしながら、ずっと監視しているのであった。学習者である子供たちはというと、先生の監視のもとに少々緊張気味ではあるものの、発話をしたり、体を動かしたりしているときは楽しそうにしている様子であった。

                       

今後も香港における日本語の位置づけ、また、日本語教育の健全な発展の展開が期待されるところである。