『象徴天皇制の起源−アメリカの心理戦「日本計画」』

 加藤哲郎(著)平凡社新書

 平凡社 ; ISBN: 4582852815 ; (2005/07) ¥840 (税込)

 

 

 

                

    

      国際情報専攻 6期生 増子 保志

   

  近年、我が国では女性天皇問題をめぐり天皇制に対して議論が活発化している。日本国憲法の中で、第一章「天皇」は憲法第9条に先立つ冒頭に挙げられており、その第一条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存ずる日本国民の総意に基づく」とある。一体、この「象徴」としての天皇というのは如何なる理由で作られたのであろうか?本当に象徴天皇は国民の総意に基づくものなのであろうか。

本書は、著者が2004年にアメリカ国立公文書館で発見したOSS(Office of Strategic Services:戦略諜報局)の秘密文書「日本計画」の史料や国務省、COI(Coordinator of Information:情報調整局)などの史料を駆使して、戦後日本の「国民統合」としての象徴天皇制を構想した過程を分析している。

太平洋戦争開戦から僅か半年後の1942年6月に、アメリカは情報工作の一環として昭和天皇を「平和のシンボル(象徴)」として利用すべく計画を立案していた。1942年6月3日付でアメリカ陸軍省心理戦争課が起草した「日本計画(最終草稿)」と題する文書の中で「天皇は西洋の国旗のような名誉あるシンボル」だとし「天皇を軍当局への批判の正当化に用いることは可能であり、和平への復帰の状況を強めることに用いる事もできるだろう」と記されている。

 「日本計画」の内容は、アメリカを中心とした連合国の戦争の文明と国際法にのっとった大義を示し、日本の戦争を文明からの逸脱であり侵略的な意図を持つものとしてアジア人に示すこと、戦争に導いた日本の軍部と「天皇・皇室を含む」国民との間に楔を打ち込み、「軍部独裁打倒」に力を集中するという基本的方向を持った対日心理戦略である。ここで重要なのは、第一に天皇制存続、第二に戦後日本の繁栄=資本主義再建という、GHQの占領で実現する2本柱の方向が、この時点で示唆されている点である。

 その他、COI作成の『日本の戦略的概観』などをはじめとした様々な調査報告書、ヒュー・バイアス『敵国日本』、G・ゴーラー『日本人の性格構造』などの諸研究が如何に参考とされ、影響を与えたかについても分析されている。そして、プロパガンダ戦略として以下の方針が採用され、戦後の「民主主義革命の見取り図」が定められたという。

それは、

@「天皇を攻撃してはならない」

A「プロパガンダのため日本の天皇を平和のシンボルとして利用すること」

B「日本の真の伝統は孤立主義と平和と立憲君主制であり現在の状況はそこから逸 
 脱しているものであることを示す」

C「天皇は日本の軍事指導者の犠牲になっている」

であった。

 結局、「日本計画」は政府諸機関の軋轢によって参謀本部の公式決定とはならなかったものの心理戦担当者に基礎的な指針として影響を与えた。それはOWI(戦時情報局)のデーヴィス長官による「天皇は国民から神と見なされていますから、天皇個人に対するいかなる攻撃も、必ずや感情を多分に刺激し、正当なものとは受け取られないでしょう。」に代表される。

「日本計画」の象徴天皇制利用論は、その後の戦況、とりわけ中国の国共合作への帰趨や国際・国内世論の動向などにより、具体的レベルでは大幅な修正がなされる。しかし、アメリカ政府や軍関係機関のプロパガンダの大枠としては機能し、戦後の占領政策まで影響を及ぼした。

当時の日本人は本当に「天皇は平和のシンボル」と考えていたのだろうか?そして、現在の日本人は戦中から戦後にかけてアメリカによって「創られた象徴天皇」をどの様な存在として捉えるべきなのか?メディアが報じる「平和な皇室ご一家」イメージから脱却して、改めて本来の「国民総意としての象徴天皇」を考える時期にきていると言えよう。