国際情報専攻  真藤 正俊


 
 「師事を受けるということ」

 

   
 私はよく、もしも先生というかたが私の生活の中にはいってくださらなかったら、私の生涯はどんなになっていたであろうかと考えてみることがあります。私は先生の代わりに他の人におきかえて考えるということはできません。先生が私の先生になってくださったということの中には少しも偶然なところがないように思えます。

                 ――ヘレン・ケラー『私の生涯』(岩橋武夫訳、角川書店)

 「一生学校いるわけにはいかないんだよ」と私の指導教授はピシャリと言った。自分の体に一瞬緊張が走った。話が終わり数秒ほどすると指導教授はさっそうと立ち上がり部屋を出て行った。しかし、その言葉には深い厳愛に満ちた響きがあった。まわりの環境に負けている自分の迷いがそこでふっ切れた。厳しい激励で発心し、論文への挑戦が始まった。

大 学院という場所は不思議だ。学生たちは「学部時代に一生懸命勉強をしなかったから、今度こそ全力で勉強がしたい……」とよく言う。しかし、いざ大学院の教授を目の前にすると、自分の意見が言えない。それどころか教授の発言を必要以上に恐れている。なぜだろうか。

 ある大学教授が大学院の環境について私に語りかけた。

 「大学院はせまい社会だからな。発言一つでも間違えると大変なことになる。だから師事を受ける時に何でも話せるようないい先生を選ばないと・・・・・・・」

 「そうですか・・・・・・・」

 なぜ学生たちが思う存分教授たちと語り合い、自分の思いを打ち明けることができないかが、その語調でわかったような気がした。しかし、どんなに環境が厳しくても負けてはいられない。私は大学院で論文を書くのに一番必要なのは、環境や文献などではなく「情熱」だと信じている。とはいえ、多くの学生が最大限に情熱を引き出すような環境を大学院で作り出すのは案外難しい。


 大学は学生たちの教育よりも、研究のことを重視しすぎる場所でもある。大学院は研究と教育の中核であるにもかかわらず、研究だけが一人歩きをして、教育がおろそかになっている。だから、学生が意見を思う存分言えない雰囲気を作ってしまうのかもしれない。

 よし、環境は自分で作ろう。たしかに修士課程は最高で4年いられるけど、来年も再来年もあるからどうにかなるだろうと思っていたら、論文は完成しない。今年しかないと決めて書くしかない≠ニ私は決意した。

 最初から無理とかダメとか言っていたら、まわりの環境に負けてしまう。

 ″成長するのはいましかない。この時を逃してたまるか!

 真剣と大誠実で指導教授にぶつかろう。そこで私はあるアイデアを思いついた。いい結果と悪い結果をすべて指導教授に報告することにした。当然指導教授の見る目は私に対していっそう厳しくなる。だが、それでも報告した。なぜか。それは学部時代に私の面倒をみてくれたある教授がこんな話をしてくれたからだ。


 「アメリカのある病院の話をしよう。その病院は全米で最低の業績しか上がらない病院だった。それをどうにかしようとした時にどうしたと思う?それは院内の全ての医師や看護士やソーシャルワーカーに賞罰を一切与えずに報告をするように義務づけたんだよ。それによって、良い部分をさらに良くしていくにはどうすればいいか、悪い部分をどのように改善していくかが明確になった。そうやって試行錯誤を重ねていくうちに、その病院は全米で最高の業績を誇る大病院になったんだよ。君たちも一生のうちに1人か2人くらいは自分のことを話せる友人や先輩や先生を持ちなさい」


 時は待ってはくれない。成長できる「時」を決して逃してはならない。たとえば、時を逃してはいけないという例を一つあげてみよう。進化論における人間とサルの分岐点についてである。最新の進化論ではいま木の上で生活しているサルたちはもう二度と人間に進化することはないというのである。

 つまり進化が決まる瞬間に木の上で生活をするか、それとも木から下りて地上で生活をするかを選ぶことで進化が決まってしまったのである。まさに決定的瞬間であった。木の上のサルたちは人間になるチャンスをそこで逃した。
大学院では「師事を受ける」と学生たちが言う。師事を受けるとは学問の師匠を持つことである。動物の世界には親子はあるが、師弟はない。人間だけが師匠を持ち、師弟の絆を結ぶ。師弟関係は親子関係よりもはるかに崇高である。

 毎年スウェーデンではノーベル賞の発表がされる。ノーベル賞受賞者たちのコメントの内容をみると意外なことがわかる。歓喜あふれる笑顔をした受賞者の多くが自分を育ててくれた師匠がいたからこそ成功したと発言をしている。人類の偉大なる業績の多くは師弟関係から成り立っているといっても過言ではない。

 人は生きているあいだにどれだけ多くの人に出会うのか。そして自分に影響を与える人がいたとしたら、その数はさらに少なくなる。人生はよき先生、よき先輩、そしてよき友人で決まる。幸福も不幸もまわりの人たちで決まってしまうことが案外多いのではないだろうか。

 ここで私が論文を書くときに一番気を使ったことを紹介しよう。それは書き出しの三行の部分だ。冒頭の部分が良くないと、どんなに内容が良くても読んではもらえない。私は書きだし三行を良くすることを「三行革命」と呼んでいる。「三行変われば文章よくなる」というものである。

 伝えたいことを、いかに伝えるかが重要になる。言葉は弾丸である。ゆえに自分の言いたいことが手元に残ってしまうというのは言葉ではない。まして文章でもなければ、論文でもない。

 難しいことをよりわかりやすく、当たり前のことをより面白く、すでに解明されていることをさらに深く追求してこそ、論文は面白くなる。さらに言葉も生きてくる。何度も推敲を重ねて、読む側の気持ちで書くことが大切なのだ。

 環境は自分で作るものである。自分の今いる場所を情熱で変えていくことが成功につながる。私は論文を書くのに特別なことや神業といえるようなことはしていない。並みの能力で当たり前のことをしただけだった。大切なのは希望を持つことである。自分の可能性を最後まで信じることが全てを可能にする。