「僕が宝塚を愛でる理由(わけ)(4)」  

 

                                     国際情報専攻 4期生・修了 江口展之

 

 

 

 

電子マガジン第16号より、この「僕が宝塚を愛でる理由(わけ)」と題する連載を始めた。この動機は開始にあたり第16号に述べたが“宝塚歌劇を「商品」ないしはビジネス・モデルとして分析してみようか、という気持ちが突然に起きた”ことにある。

 

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今回は「新人公演」を取り上げてみることにした。宝塚歌劇を見ない人にとっては、「新人公演」と言っても、いったいどういうもので、どういう役割を果たすものであるかは、もとより不知であることと思われるが、この「新人公演」を分析すると、そこには、社員教育、特に後継者教育という、一般企業にとっても、その永続性を保つためには不可避な事項についてのヒントになりうる要素が多分に見出すことが出来るのである。

 

一般企業における「新人」とは大学なり高校なりの卒業後、社会人となって企業に入社したての人を言うが、宝塚歌劇の場合は、一般にいわれる意味での「新人」は、「初舞台生」または「研1」(けんいち)と呼ばれる。この「研1」とは「研究科1年目」の省略であり、これは入団前に学ぶ宝塚音楽学校が「予科」「本科」と呼ぶ2年間の教育を受ける場であることを受けて、宝塚歌劇団が「研究科」であるというある種の擬制による呼名であり、この後、彼女たちは在団する限り、2年目は「研2」、3年目は「研3」と数字が増えて行く。。

 

「新人公演」とはその「研1」から「研7」すなわち入団1年目から入団7年目の生徒によって行われる公演であり、この意味から逆に考えると、宝塚歌劇団における「新人」とは初舞台を踏んだばかりの生徒から、入団して7年目までの生徒たちということになる。(この7年目までの生徒たちは、一般に下級生と呼ばれ、8年目以降の「新人公演」を“卒業”した生徒は上級生と呼ばれる。)

 

では「新人公演」の内容はどういうものか。それは、宝塚大劇場と東京宝塚劇場で行われる通常の公演(本公演)期間である約一ヵ月半の期間中に、各劇場において、期間中たった1回 (計2回)、「新人=下級生」たちだけで、本公演と全く同じ作品を上演する公演である。

 

 また、この「新人公演」では、出演者が「新人」であるのに合わせて、演出も若手の演出家が行なう。そして、それ以外の公演スタッフはすべて、本公演と同じスタッフが行なう。もちろんオーケストラも本公演と同じ指揮者と楽団員が演奏にあたり、出演者の衣装もすべて本公演で演じている上級生の衣装を原則として使用する。大道具、小道具 も同様に「本公演」と同じものが使用される。

 

さらに、劇場で公演する以上、チケットも販売する。(ただし、本公演の半額。)結局、本公演との違いは、演じているのが「下級生」であり、それを演出しているのが若手演出家という以外にはない。このことは、甚だ“贅沢な”下級生と若手演出家の教育の場を「新人公演」という形で行っているということである。

 

 「新人公演」に出る下級生は「本公演」における自分の役のほかに、「新人公演」の役を演じる。同じ役をすることはない。 従い、下級生は「本公演」の演出家の指導・演出を受けるほか、「新人公演」の演出家の指導・演出も受け、さらに「本公演」の同じ役(「本役」)を演じている上級生も下級生を指導する。

 

こうして役が変わり、演出家が変わり、本役の上級生の指導を受けることで、多様な経験をいやおうなく経験し、先輩の技を継承し、一定の期間内に集中して稽古をすることも併せて、下級生はいやでも成長するような場を与えられる。

 

「新人公演」担当の若手演出家も、「本公演」担当の先輩演出家の意図や作品の主旨を変えることなく、どのように自分なりの演出をするか、といった工夫を重ねることが要求され、それに応えることで成長する。

 

そしてまた、先輩演出家やスタッフは「新人公演」を見たり、サポートする中で、色々な下級生や若手演出家の実力や魅力を知る機会を得ることが出来る。これは、日頃は気づかない若手の異なる良い面を発見するきっかけになることもあり、これにより、世代間の交流の場が拡がる要素となるものである。

 

一方、「新人公演」の別の効果として、それぞれの生徒に自らの演技力の実力を悟らせる面も指摘できる。そして、自らの実力の限界を感じた生徒、あるいは他の世界に進路を求める生徒は、この「新人公演」の卒業、すなわち入団7年目の終了をきっかけとすることも多いことが実態としてある。そして、その決意を助長するシステムとして、生徒の雇用形態が8年目から変更されるという制度が存在する。

 

宝塚の生徒は入団1年目から7年目終了までは、雇用契約により、劇団員として在団する。この雇用契約は7年目終了時に契約終了となり、8年目からはタレント契約に変更される。 分かりやすく言えば、7年目までは会社員、8年目からは個人事業主として在団する。このことは、1年目から7年目までは年功序列の給与体系を意味し、8年目からは、役割により報酬が個別に定められることを意味する。

 

このシステムは、一般企業に例えるならば、若手の教育の場として、先輩・上司と同じ内容の仕事を、数件、自己責任で行わせることで若手の成長を促し、と、同時に、個々の若手の能力を早いうちから把握する体制を作り、そのための時間も費用も十分にかけるということであり、また、その代わりに、期待する能力を獲得出来ない場合には、早い時期にリストラするようなシステムということにほかならない。

 

実に合理的なシステムというほかはないが、このシステムの一番の凄さは、そのシステムにそって退団した生徒がいずれも、宝塚歌劇団に在団したことを誇りとしていることである。 このように辞めた社員からも感謝されるような企業組織を作り上げることこそ、近時、一種流行的にもて囃されているCSR(Corporate Social Responsibility)の基礎的重要事項の一つであるように思われるのである。

 

たかが宝塚、されど宝塚。華やかな舞台の裏には、結構冷徹なビジネス設計思想が通奏低音として流れているのである。   以上