中野不二男 (著) 『科学技術はなぜ失敗するのか』

  中公新書ラクレ、
(2004/11) 中央公論新社

 

 

 

 

                

                                    

                                                  国際情報専攻 4期生 ・修了   長井 壽満

   
 


 
中野は日本大学農獣医学部中退、『カウラの突撃ラッパ--零戦パイロットはなぜ死んだか』(文藝春秋)で第11回日本ノンフィクション賞、『レーザー・メス 守の指先』(新潮社)で第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。技術・科学の観点から執筆・評論活動をしている数少ない作家である。

 本著では、科学技術の開発を論じながらも、科学技術にスポットライトを当てメディア批判をおこなっている。産業革命以後の近代文明は科学技術を抜きにしては考えられない。ワットの蒸気機関、マルコーニーの無線通信、エジソンの電気、ノーベル賞の提唱者ノーベルのダイナマイト、フォードの自動車、ライト兄弟の飛行機、アインシュタインの原子爆弾、ノイマンのコンピューター、これらの技術なしには現在の社会は有り得ない。科学技術が政治・経済に与える影響は計り知れないほど大きくなっている。

 メディアが発信している科学技術のメッセージが正確に伝えられているかどうか、「科学技術創造立国は幻想である」「超大国アメリカの産業政策」「国際舞台での科学技術外交」「日本の科学技術のビジョンを問う」の4部構成で議論している。メディアのメッセージがいかに表層しか捉えてないか、そして表層を追い続ける歴史を「零戦の設計思想[i]」から説き起こしている。

メディアには理学・工学に深い造詣をもち「数式」・「専門用語」・「常識でイメージできない概念」で武装している科学技術を平易な言葉で表現する筆力が必要である。科学技術は情緒で論じることはできないにもかかわらず、情緒で書かれた科学技術記事の蔓延を中野は嘆いている[ii]

 「日本ロボット、着々前進 ヒト型は独走中」2004513日付け「朝日新聞」経済欄のトップ記事で本田の「ASHIMO」他ヒト型ロボットの写真を掲載して日本のロボット技術が世界最先端のような報道をしている。しかし、本当に「ASHIMO」は世界最先端なのであろうか?

 ホンダの「ASHIMO」のホームページには「操作性の向上」として・・・「ASHIMO」は携帯コントローラーによる『自在歩行の操縦』と『ボタン操作による動作(身振り)』を可能とし、より直感的でダイレクトな操作を実現しました」とある[iii]。これを読んで、ナアーンダ、私が遊んだリモコン自動車・飛行機と大差ないな・・・と記事に騙された印象をもった。著者は『そして、その誤解を生んでいるのは、間違いなくマスメディアの伝え方である。映像として、あるいは写真として一般の人の目に触れるのは、つねに「ASIMO」が自分で考えながら行動しているかのような光景ばかりだ。そのほうが業界でいう「絵になる」光景だからだろうが、これでは誤解するなというほうが無理である[iv]』とメディアを批判している。 他にもメディアの科学技術に関するピントはずれな報道「原発の蒸気漏れ[v]」他、実例を豊富にあげて議論している。

 日本は科学技術では世界でもトップクラスである。追いつけでなく、追い越すためには、科学技術の正確な認識及び開発方法論の確立が必要であると著者は主張している。技術は失敗という試行錯誤を経ながら改善され、目標に到達する。未知の世界を開拓する技術開発には失敗は必然である。その失敗を客観的に検証することが、次にステップにつながる。そのためには、失敗を認め、客観的に分析し、さらなる失敗の可能性を容認して次のスケジュールを思考・立案する過程が必要である。しかし、日本の政治制度の中で科学技術の観点が軽視されていると述べている。うなずける議論である。

 科学技術は政治・経済と密接に結びついている。科学技術には民用も軍用もない。民用技術と軍用技術の差は使用目的の違いしかない。軍事の技術依存には驚くものがある。アメリカの戦争における「誤爆」にかんして、技術の視点「意図された誤爆[vi]」でないかと鋭い分析をしている。今の社会は科学技術、政治、経済、軍事、宗教は同じ重さで複雑に絡み合っている。我々の生活全般に関係してくる科学技術の開発優先順位をコストの要素からだけでは判断できないはずである。コスト・ミニマムだけの開発思考に警鐘を鳴らしている。

 あとがきで筆者は「あたらしい技術をより多くの人々に見せるのはそう簡単ではない。-----(途中略)----科学や技術の世界で、マスメディアができることはまだ多い。ニュースの裏にある技術の中身をわかりやすく伝えることで、きっと新しい視点が生まれると確信している[vii]」、とメディア界に希望を託している。しかし、著者の本音は「メディア情報は頼りにならない。記事の見出しに騙されるな!」と読める本である。

 日々のニュースの中から科学技術を拾い出し、平易な解説と驚きを与えてくれます。今の時代を理解したい人には、お薦めの一冊です。


[i] 234頁。

[ii] 231頁。

[iii] 27頁。

[iv] 29頁。

[v] 33頁。

[vi] 95頁。

[vii] 249頁。