中野不二男、五代富文『日中宇宙戦争』文春新書

平成16120,  690円+税

 

          

                                    

                                                       国際情報専攻 4期生    長井 壽満

   
 

書名『日中宇宙戦争』から受ける物騒なイメージとは裏腹に、本書は真面目に技術の観点から議論を積み重ね、そして宇宙に対して日本がどうのようなグランド・デザインを構築していくのか、問いかけている本である。日本が苦手な世界を相手にしたグランド・デザイン=戦略が無いため、世界で有数のロケット技術大国の日本が実力を発揮して世界の宇宙開発に貢献できないくやしさを、この本から読み取れる。

産業革命以後の文明・文化・国力は技術論を抜きにしては語る事ができない。科学・技術は完全に社会の中・思考の中に無意識・意識的にとりこまれている。携帯電話はハイテクの固まりである。人々は携帯電話技術の難しさを意識しないで使っている。携帯電話だけでなく、身の回りに多くのハイテク製品がある。例えば、フライパンの底に塗ってある焦げ付き防止の「テフロン」はロケット開発の過程から発明された製品である。ロケットが大気圏突入時の高温から機体を守る技術として開発されたものである。カーナビも宇宙衛星からの信号がなければ唯の箱である。アメリカがカーナビの信号を扱っている衛星を独占的に運用している。むしろ軍事的に使っている衛星機能の一部をカーナビ用に提供しているのが事実である。

それにもかかわらず日本では技術者・科学者に対する評価が低い。科学者。・技術者が話題になるのはノーベル賞受賞の時だけである。ようやく、中村修二・米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授が、青色発光ダイオードの発明に関して日亜化学工業を相手に訴訟を起こしたように、科学者の権利が意識され始めている。

科学・技術の論述はは文系と違った表現方法をつかっている。科学・技術の文章は文学的でなく、面白くない。ドラマもない。本書は平易にロケットの開発のプロセスと世界政治の関係を説明し、中国と日本の技術開発に対する姿勢の違いを浮き彫りにしている。中国の宇宙開発体制を肴にして、日本の宇宙技術開発体制の問題点を突いている。日本と中国の姿勢の違いを日中のロケット科学者「糸川英夫博士」と「銭学森博士」両者の人生の違いに投影させている[1]

有人宇宙飛行で解決しなくてはならない難関は三つある。@人間を宇宙へ運ぶロケット、A宇宙活動するための宇宙船、地球と同じ環境を宇宙に再現する、B宇宙から地球に戻る回収船。この三要素が整合性をもってシステムとして組みあがってないと有人宇宙飛行が実現できない。日本は宇宙に運ぶロケットの分野では世界トップクラスである。宇宙船活動はアメリカに全面的に頼っている。「回収」技術はどうであろうか。

回収技術は軍事技術に密接に関わっている。しかし「回収」には@軌道からもどってきたものを無傷で拾いあげる、A地球半分にもおよぶ遠距離の目標に向かって正確に弾頭を打ち込む、の二つの違うコンセプトを含んでいる。それにもかかわらず、日本の政策担当者は同じコンセプトと思い込んで回収技術自体をタブー視していた。政府担当者の認識は『1970年頃「回収」の計画研究書を監督官庁(科学技術庁)に提出したとき・・・・担当課長はその研究者の前で計画書をビリビリと裂いて破り捨て、・・・[2]』という程度であった。

現在の物質文明の中で、政策担当者が物「物質」作りに想像力を働かすことができなければ、その政策担当者は失格と言われてもしょうがないだろう。これは1970年の話であるが、今の政策担当者は当時に比べて賢くなっているのか? この本を読む限り疑問である。

アメリカはインターネットを創出した国である。インターネット理論は公知であった。それを国の政策をもって具現化したのがアメリカである。本書で小さく取り上げられているが、燃料電池に関しても面白い記述がある。さわりだけ抜き出すと

2000年         米国大統領選でブッシュは「国内の石炭・石油・天然ガスの開発を主張」

2001年         5月ブッシュ政権は「原発新規建設、国内油田開発などエネルギー安全保障体制構築をめざす政策発表」

  9月 9.11事件発生

10 アフガン攻撃開始

10 UNDO(国連開発計画)主催の講演会でロイヤルダッチシェルのワッツ会長が、水素エネルギー社会の到来が確実、シェルも水素社会にむけた準備に着手と講演。

12月 エネルギー省が脱石油への方針転換を明言

 2002年   1月 エネルギー省長官がモータショーで「燃料電池自動車構想を発表」

  2003 1月ブッシュ政権の一般教書演説で「フセイン政権の武装解除の決意を述        べた」、その一般教書演説の1割を割いて水素エネルギーと燃料電池自動車について述べている。

2月ブッシュ大統領はワシントンの講演で「水素エネルギーによる社会の構築が、中東の原油依存から脱却し、国家の安全保障に貢献する・・」

3月バクダット空爆開始

この時系列の出来事を著者は次のように結んでいる;

 「日本における燃料電池自動車の登場は、たんに科学技術の進歩と、環境に対する意識変化の結果にすぎない。アメリカでも一般の人々の視点は、おそらく似たようなようなものだろう。

 しかし現実は全くちがう。燃料電池の技術がいかに進んでいようとも、環境にとってどれだけ優れた技術であろうとも、次世代エネルギーとしていかに有効なものであろうとも、政治的な判断なしでは最後のハードルを乗り越えることができないのである[3]。実例として「日本の気象衛星開発の失敗」を述べている。

あとがきには;

   「景気が回復したとき、この国はどこへ向かうのだろうか」

で締めくくられている。

 日頃、技術には縁がないと思っている人でも、素直にはいっていけます。優れた政策論を展開している書でもあります。文系・理系にかかわらずお勧めの一冊。横になりながら読めます。さらに興味がある人には 五代 富文, 中野 不二男ロケット開発「失敗の条件」―技術と組織の未来像    ベスト新書もどうぞ。以上


 

[1]中野不二男、五代富文『日中宇宙戦争』文春新書、平成16120日、49頁〜54頁。

[2]中野不二男、五代富文『日中宇宙戦争』文春新書、平成16120日、6869頁。

[3]中野不二男、五代富文『日中宇宙戦争』文春新書、平成16120日、183184頁。