経営研究会 福岡セミナー開催報告

 

                           後期課程・国際情報分野2期 立石佳代

   

 

経営研究会では、去る6月12日「中国の通貨(元)切り上げと日本経済」をテーマに福岡でセミナーを開催しました。一般聴講者各位と関係者を合わせて125名の参加者がありました。福岡セミナー開催は今回で3回目となり、例年のセミナー開催を知った福岡の皆様から、会場の定員125名に、多数(200名近い)の参加希望の申し込みをいただきました。やむなく参加人数を制限しましたが、参加できなかった皆様にはセミナーの資料をお送りすることになりました。

経営研究会は、今後も地域社会に期待され貢献できる様々な活動に取り組んでいきたいと考えます。

 Management study group福岡セミナー

「中国の通貨(元)切り上げと日本経済」

 

◆ 開催日時:2004年6月12日(土)午後1:304:00

 開催場所:福岡県春日市 「福岡県地域福祉財団 クローバープラザ内 あすばる

 プログラム

1:301:40 開会の挨拶

 

 国際情報3期生 森野 滋氏  
1:403:00 基調講演

 演題「中国の通貨(元)切り上げと日本経済」

        

                五十嵐雅郎教授

 
 

3:103:50

 

パネルディスカッション

「中国の政治情勢」

貿易政策」

「金融情勢」

パネルディスカッション(Q&A)

                   

               

         近藤大博教授

                         森野滋氏

                五十嵐雅郎教授

 

 

3:504:00

閉会の挨拶

 

 経営研究会会長 
 国際情報3期生
石井忠史氏


総合司会: 西島廣徳氏(国際情報4期生)
Director: 白木喜信氏(国際情報5期生)

 

基調講演「中国の通貨(元)切り上げと日本経済」の要約

第一章 アジアの経済をリードする中国

 @アジアの経済発展をリードしているのは中国である、A中国は東アジア・東南アジア各国から原材料を輸入して当該各国経済の発展に寄与している、B雑貨・家電製品を米国・日本に輸出している、C米国は中国からの集中豪雨的な輸出入で巨額の貿易赤字を出している、C中国の中長期的な経済発展を予測して先進国からの直接投資が集中している、Dしかし当分は先進国各国と中国の技術格差が大きく日中間の経済は補完関係にある(競合関係にはない)、と言えます。

 

第二章   中国は対外開放政策を継続、当面「人民元為替相場の安定化」に注力

 為替の動向について、中国政府は当面「人民元相場の安定化に注力する」と言っているため、人民元は安定的に推移するとみられます。一部日本のジャーナリズムが、つい最近まで人民元の切り上げ必至と述べていたような状況ではありません。人民元の切り上げを打診したのは、2003年9月のスノー財務長官が中国を訪問したときが初めで、その時、スノー財務長官は「米中貿易収支が2カ国間で均衡するためには、人民元の4割切り上げが必要である」と言っています。この打診の基礎となる40%の数値は、全米製造業協会が作成したと言われ、米中両国財務責任者会議の議題にもなりませんでした。そのスノー財務長官が、中国を訪問する前に日本に立ち寄って情報をリークして、それがマスコミに取り上げられたというのが実情です。

為替は、@短期的には金利差、A中期的には経常収支、B長期的には購買力平価によって、決定されると言われています。Aとの関係で、実質実効為替レート(貿易先主要20カ国の為替レートの最近5年間平均)で言うと、計算上人民元は15%程度引き上げられても良いと考えられます。しかし人民元引き上げについては、6カ国協議を控えている上にイラク問題が安全保障理事会で討議されている今日、米国は中国に圧力をかけられる立場にありませんし、もちろん日本など論外であります。したがって人民元の切り上げは、中国政府が諸般の事情を考慮して自分で決めることができる状況にあります(世界の先進国各国が、一致して円の切り上げを迫った「プラザ合意」とはまったく事情が異なります)。

今日の人民元高は、過去に資本逃避で海外に流れた国内資金が、中国のWTO加盟によって中国企業や個人が中国内で資産を保有しても安心だという感情が生まれた結果、一度は海外に逃げた資金が再度中国に留任してきている事実があります。これが景気拡大による外資の流入とあいまって、人民元の需要を膨らませているのです。同様、中国の指揮者たちは1990年代の外資不足の苦い経験から、保有外資の運用に努め外資保有額を減らしても分からないというスタンスをとっています。中国の外貨保有は、2003年末4000億ドルでしたが、その半分の2000億ドルが、@米国債の購入、Aインターバンク市場での短期運用、となっています。 

「短期的な元の安定化」のための中国政府の採用している政策は、@香港ドルの安定化、A増価税の還付率引き下げによる輸出規制、の二つです。1997年のアジア金融危機の際、対ドル固定レートを維持すべく香港政庁は財政資金を投入して対応し、その結果、大幅な赤字財政に陥りました。その後も香港経済は回復せず、今日に至っています。この間香港の銀行にも人民元の取り扱いが認められ、人民元が香港で流通するようになってきました。しかし1997年の香港返還において、返還後50年は「1国2制度」を維持することになっており、香港ドルもその約束に含まれています。もし人民元が香港ドルを駆逐するとなると、それは台湾独立派を刺激することにもなりかねません。よって中国は、香港経済貿易密化協定を結び、香港製品に優遇処置を与えるなどして、香港経済の再活性化に注力しています。

ついで、中国は輸出する際に輸出税をかけ、実際製品を輸出してからその輸出額の一定割合を還付していますが、その還付率を引き下げています。これは実質的な輸出抑制策となり、中国政府も輸出額を減らして米国等の顔を立て、同時に財政面に余裕を待たせる政策をとっています。早急な「人民元切り上げ」に応じないのは、中国政府が市場開放を進めながらも、経済自体がまだ安定していないとして、不安を感じているからです。すなわち、特に@国有企業・内陸の地場企業・農業部門における競争力不足、A金融期間の弱体化とバブル発生の不安、この二つに問題あると考えられます。中国は沿岸部と内陸部、都市部と農村部に分けられ、人の移住も制限されています。沿海部と内陸部の所得格差は拡大する一方です。温家宝首相は、地域格差是正のため西部開発プロジェクトなどに懸命なのは承知のとおりです。中国の金融部門の弱さですが、四大国有商業銀行は融資に対する不良債権比率が、1230%に達しており、この是正措置がまだとられていない点に問題があります。朱熔基前首相は金融改革に力を入れましたが、朱熔基前首相が閣外に去るとすぐ規制も緩み、「政府部門による商業銀行経営への干渉」が再開しております。特に、地方政府による不採算プロジェクトへの融資強制が目立ちます。このようなときに、@金融市場を開放して人民元と米ドルとの自由な交換を行うとか、A外資系金融機関の人民元取り扱いを自由化すれば、国有商業銀行をはじめとする中小金融機関は外資との競合に太刀打ちできない事態が発生すると考えられます。

すでに、地方管轄プロジェクトは大幅な増加を見せ、同時に銀行からの融資も急激に拡大しています。バブルの発生を避けソフトランデングを行うためには、金融政策の転換が必要です。景気抑制のための金融政策としては、@金利操作、A公開市場操作、B預金準備率操作の三つがあります。中央政府は急激な金融引き締めを避け、@預金準備率をこの4月から8%へ、A銀行貸出金利の0.63%アップ、B投資過熱業種の貸出状況の調査開始を行っています。こうした事態から、中国の資本市場の完全開放と人民元の自由兌換は、2010年以降と考えて良さそうです。

かりに、現在中国が人民元を切り上げてとしても中国にとって輸出はマイナス、輸入はプラスで、全体としてのインパクトは小さいとみられます。他方、日本経済に対する影響は、日中貿易がわが国GDPの3%であるところから、これもほとんど関係がないと考えられます。日本企業に対する影響ですが、すでに中国に進出している日本企業は、本社から派遣の日本人スタッフを減らし、現地採用の幹部職員をより多く登用して対処するものとみられ、これもほとんど関係はありません。現在および将来のミクロベースの問題は、「中国にすでに進出している日本企業対日本にいる企業の貿易摩擦」にすぎないのです。具体的には、@海外で部品を作り中国で販売するならば元高はプラス(電機・自動車)、A中国で原材料調達して海外輸出を行うならば元高はマイナス(農産物・加工食品・衣料)、B中国に委託生産し日本に輸出するなら元高はマイナス、となります。

 

第三章   「中国脅威論」は誤り

 結論として申し上げたいのは、日本で取り上げられている「中国脅威論」は「日本不安論」であるということです。自国通貨の強弱は、貿易・投資相手国との成長力格差を示すものであります。中国がWTO加盟後、二国間のFTAを次々に締結しているのと比べ、日本は農業保護のため自由化を遅らせています。FTOもシンガポールとメキシコだけしか締結できず、ASEANや中国からの非難は、一層激しくなることが予想されます。このままでいけばアジアのリーダーは中国で、日本は2番手以下に下がることは間違いありません。そして、日本産業の空洞化は不可避であり、日本企業の海外進出は加速するばかりと考えられます。

 以上が、五十嵐雅郎教授の基調講演「中国の通貨(元)切り上げと日本経済」の要約です。

パネルディスカッションでは、近藤教授から中国の政治情勢、森野滋氏から日中間の貿易について問題点の指摘がありました。終了予定の時間を少しオーバーし、約3時間のセミナーでしたが、参加者各位は熱心に聴講し、途中で席を立つ人は一人もいませんでした。