体験からキャリアへ -暗黙の意味を通じて-

 

                             人間科学専攻 2期生・修了 笹沼 正典
                    
現在、シニアSOHOメタキャリア・ラボ代表

    

   


 
日々刻々に人が仕事をする、ということを考えてみたい。仕事をするという日常的な営みは、けっしてノッペラボーではありません。別な言葉でいえば、人は日々刻々に仕事を体験しつつあり、その体験する過程(E.ジェンドリン)には、様々な起伏と質の異なる体験の局面あるいは場面がある、と言えます。今ここで、例えば、日々仕事を体験する過程の代表的な局面である、職場における上司・部下の相互関係を取り上げて、ここでの人の体験とはどのようなものなのかを解きほぐす作業をしてみましょう。

 まず、部下は、上司との相互関係において、例えば次のような、自分なりのさまざまな“感じ、思い、イメージ、あるいは閃き”が自分の内部に生み出され、流れていることに気づくのではないでしょうか。

>課長は、一体、私(部下)をどのように育てようとしているのだろうか。
>
課長はそのために、どのように私を指導し、どのような学習をさせようとしているのだろ
 うか。
>
課長は、私が自分の役割を果たすにあたってどの程度の自由を許してくれるのであろうか。
>この課題では、課長は私にかなり大きな裁量の自由を与えてくれているようだ。
>
新任のいまは、専ら課長からの指示や命令だけを聞け、ということなのだろうか。
>
私は、いまの課長の姿を見て、何をそこに学ぶことができるであろうか。
>
自分の将来モデルとして、課長をどの程度参考にして良いのだろうか。
>
私も将来あのような上司になってみたいと思う。
>
課長は、私のキャリアをどのように考えているのだろうか。
>
課長は、私のキャリアの開発についていつも強い関心を持っていてくれるらしい。
>
私がキャリアを開発することに対して、課長は果たして具体的にどこまで支援してくれのだろうか。

 このように、上司・部下の相互関係という日常的な仕事の体験過程の局面において、部下はいろいろな要素についてさまざまな“感じ、思い、イメージ、閃き”を生み出し、それらの存在に気づきます。 ここでは、“気づき”とは“生み出す”ことです。(なお、上司の方から見た場合にも、勿論同じように“感じ、思い、イメージ、閃き”が生み出されます。)気づかれた“感じ、思い、イメージ、閃き”には、上記の例に見て取れるように、必ず何らかの喜怒哀楽などの情動(エモーション)が伴っています。

 重要なことは、同時にそこには、上司の私(部下)に対する「私への育成・指導・学習のあり方」、「私の役割自由に対する上司の許容度」、「上司の私にとっての将来モデルとしての可能性」、「私のキャリア開発に対する上司の支援行動」といった要素(平野光俊他)についての、“誇らしさ、期待感、喜び、感謝の念、尊敬の念、私淑する心、あるいは疑惑、批判的な感情、侮蔑感”などといった、私にとっての「暗黙の意味」が含まれているということです。“暗黙の(意味)”とは、さしあたり、“気づかれているけれども、未だ言葉にならない”ということであり、“言葉によって表現され、顕在化した”状態と対照される言い方です。また、“(暗黙の)意味”とは、“自分にとっての意味、価値、あるいは信念”を総称するものです。中井久夫さんが言う「メタ私」に近いものかも知れません。

 “感じ、思い、イメージ、閃き”には、このように「暗黙の意味」と情動が一体となって含まれている、と言ってもよいでしょう(この点が、同じ“感じ、思い、イメージ、閃き”から生み出され、知識・スキル・ノウハウなどに顕在化していく「暗黙知」(野中郁次郎)と違うところです。)

 さらに、これらの「暗黙の意味」が、私(部下)が「上司・部下の相互関係から自分にとっての意味、価値、あるいは信念」を創り出していく源泉(リソース)である、ということを銘記したいと思います。

 さて、仕事をすることの自分にとっての「外的な現実」は、役割・役職・業績・年収など、社会的評価の枠組みにおける位置であるとすれば、仕事のなかで自分が気づいた“感じ、思い、イメージ、閃き”に含まれる“意味、価値、あるいは信念”は、仕事をすることの自分にとっての「内的な現実」にほかなりません。仕事をすることの自分にとってのこれら二つの現実は、自分のキャリアを形成している内外二つの側面です。

 とりわけ、「人は、実に豊かで多様な意味、価値あるいは信念を感じ、思い、イメージし、閃きながら、日々刻々に仕事しているのだ」、という仕事の体験過程のもつ「内的な現実」こそ、「仕事に関わって生きていく自分にとっての意味を追求、獲得していく過程としての自分らしい内的キャリア」を創始、開発していく実存的な根底であるわけです。
同時に、仕事の体験過程のもつ「内的な現実」には、内的キャリアの源泉(リソース)である「暗黙の意味」を自ら生み出すことを通じて、個人が自立しうる根拠もが潜んでいることに注目しなければなりません。

 なお、上司・部下関係以外、例えば、担当する仕事自体、仕事の役割、ワーク・モチベーション、仕事に関する能力特性、会社と個人の関係のあり方、自分のキャリア志向性の基本的な在りよう(ステイタス)、自分のキャリア志向性の内容(コンテンツ)、などと言った仕事の体験過程のその他の局面についても、上記と同じように、暗黙の意味を通じた体験からキャリアへの解きほぐし作業が可能であると思われます。(了)