少子高齢化社会と公立学校におけるキャリア教育

                                   人間科学専攻 5期生 山田智之

   

 

「新人類」「宇宙人」などの言葉が記憶に新しい人も多いであろう。われわれは、若い世代の価値観と触れ、それが理解できないときに、このような言葉を使って整理してきた。「最近の若い人は・・・」などという言葉も非常に都合のよい言葉である。しかし、近年の若者を取り巻く状況は、都合がよい言葉を使うだけではすまされない現状がある。

 

少子高齢化からみる子供たちの現状

急速な少子高齢化の中で、日本の生産年齢人口(15歳〜64歳)の絶対数は1995年以降、一貫した減少傾向をたどり、若い労働力の減少、労働力の高齢化、総労働力の減少をもたらすことが予測されている(Figure1参照)。そして、2023年には、生産年齢人口の総人口に占める割合が5割を下回ることが予測され、定年年齢の延長、外国人労働力の活用、家庭の主婦の労働力の活用など様々な方策が論議され、社会の構造改革が進められている。

しかし、やがて訪れる大量退職時代を予測し、各企業では大量の雇用をさける傾向があり、人手不足の現状がありながら、若い世代の雇用は厳しい状況にある。

 

 

高橋重郷・石川晃・加藤久和・岩澤美帆・小松隆一・池ノ上正子・金子隆一・三田房美・辻明子・守泉理恵 2002日本の将来推計人口(平成141月推計)−平成132001)年〜平成622050)年−附:参考推計平成632051)年〜平成1122100)年 人口問題研究, 58(1), Pp, 57-84. の図3より一部変更して引用)

 

また、このような人口変動を背景とした子供たちの変化を高等学校卒業者の進路状況の変化から見てみると、大学への進学率は、昭和60年が30.5%であるのに対して、平成12年では、45.1%と上昇し、平成18年には、大学を選ばなければ進学希望者全員が大学に進学をできるようになることが予測されており、就職率では、昭和60年が41.1%であるのに対して平成12年は18.60%と減少傾向にある。また、無業者(フリーターを含む)となった者の割合は、昭和60年が4.8%であるのに対して平成12年は10.0%と上昇している。そして、これらのデータを照らし合わせてみると現代の子供たちの現状が見えてくる。

例えば、学習指導要領の改訂に伴う子供たちの低学力化が社会問題となり、文部科学省が「学びのすすめ」を発表し、新しい学力観としての確かな学力を示したことは記憶にあたらしい。テストにおける得点力を学力と考えるならば、これは確かに低下している。しかし、その背景を前述のデータから考えれば、子供たちは学習をしなくても大学進学が可能な時代になり、入試目的で学習をすることをしなくなっているという実態が浮かび上がってくる。

また、フリーターが増加傾向にあるという問題にしても、人手不足という現状がありながら、正規の社員を採用できない状況にある企業のニーズとして、フリーターを好む傾向があること。また、子供がフリーターでいても生活を支えることのできる保護者の実態があり、フリーターを容認する傾向にあることなどが考えられる。

そして、このような社会的な背景から、若者の中に「自分の人生を自分で切り開いていく」という意識が次第に薄れ、モラトリアム化傾向(決定の先送り傾向)が進行していると考えられる。そして、モラトリアム化傾向の最たるものとして、パラサイトシングルなどの問題も生じ、多かれ少なかれ少子高齢化に影響を与えていることが考えられる。

 

キャリア教育が求めるもの

このような子供たちの実態から、これからの時代を担う子供たちが困難な時代をたくましく生き抜く力を育てることの重要性が指摘され、現在、大規模な教育改革が進められている。そして、文部科学省の「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議」(主査=渡辺三枝子筑波大学教授)は2004年1月28日、小学校から高校までの教育活動をキャリア教育の視点から体系化し、子どもの発達段階に応じて勤労観や職業観を育成するための指導を計画的に実施することなどを報告書にまとめ、キャリア教育の育むべきキャリア能力を4つの能力領域(人間関係調整能力、情報活用能力、将来設計能力、意思決定能力)を示し、その重要性が明らかにした。人間関係調整能力とは、自他を理解する能力やコミュニケーション能力のことであり、情報活用能力とは、情報を収集し探索することのできる能力や職業を理解する能力のことである。また、将来設計能力とは、自分の役割を把握し認識することのできる能力や計画を実行する能力のことであり、意思決定能力とは、選択する能力や課題を解決していくことのできる能力のことである。

ところで、キャリアという言葉を使う時の概念であるが、柳井(2004)によれば、キャリアという用語は、それぞれの主張や立場によって多様に意味づけられ使用されているため、大変わかりにくい言葉の一つであり、これまでは経歴、地位、進路、職業など、個人と職業生活あるいは労働との関係づけにかかわる言葉として使用され、時間的継続性をもった概念として捉えられてきたと述べている。その上で、前述した背景などからキャリア教育を進めようとするとき、従来のキャリアの概念では不十分であり、スーパーのライフ・キャリア・レインボウの理論を基にキャリアの概念を考える傾向が強くなってきていると述べている。

スーパーは、キャリアを職業生活に限定せず、人間の生涯を通じた生き方や社会的役割との関連で捉えているのが特徴で「人生を構成する一連の出来事で、自己発達の中で労働への個人の関与として表現される職業と人生の他の役割の連鎖である(Super, 1961)。」とし、広義の意味でキャリアを捉えている。

このキャリアの概念を学校教育にあてはめて考えると、進路指導だけでなく教科や特別活動、道徳、「総合的な学習の時間」など学校教育全体を通じてキャリア教育を推進する必要性が見えてくる。しかし、10年ほど前までは、進路指導=進学指導という考えが教育現場でも一般的であったため、キャリア教育という概念は、教育現場に十分に浸透していないという現状がある。

しかし、やがて子供たちは、前述したような厳しい状況にある社会の中で、社会人として自立していかなければならない。経済成長期であれば、社会人としての訓練はある意味で、終身雇用制度の下で企業が行ってきた。それが望めない現状がある以上、学校が、子供たちの発達段階を考慮し計画的にキャリア教育を推進しなければ、我が国の未来はないといっても過言ではない。

 

教育現場におけるキャリア教育

では、具体的に教育現場での日常の活動の中にキャリア教育をどのように進めればよいのであろうか。

子供たちの発達段階から考えれば、小学校段階の進路の検索・選択にかかる基盤形成時期においては、係活動や委員会活動を充実させることなどを通じて、身の回りの仕事や環境への関心・意欲を高め、人と人とはつながり合って生きていることを学ばせ、中学校段階の現実的選択と暫定的選択の時期においては、職業調べ、職場訪問、職場体験などを通じて、個々の生徒の興味・関心などに基づいて勤労観・職業観を形成し、高等学校段階の現実的選択・試行と社会的移行準備の時期においては、職業探求、学部・学科探求、インターンシップ、進路選択などを通じて具体的な選択基準としての勤労観・職業観を確立していくことが重要となる。

また、各教科指導においても、コミュニケーションする能力は、主に国語や英語によって育てられ、ロジックに物事を考える能力は、主に数学や英語によって育てられ、ロールプレイングする能力は、主に社会科によって育てられ、シミュレーションする能力は、主に理科によって育てられ、そしてプレゼンテーションする能力やライフクオリティー能力は、主に実技教科によって育てられ、そのどれもが、これからの社会を生きるのに必要なキャリア能力に通じるものであることを各教員が認識し、それらの能力を向上させるために日々の教育活動を工夫し展開していく必要がある。

そして、このようなキャリア教育を効果的に展開させるためには、教員の意識改革やキャリアカウンセリング能力の向上が必要となることは言うまでもない。

 

おわりに

 2004年7月に開催された日本進路指導協会(財)主催の第53回進路指導研究協議全国大会や8月に行われた全国特別活動研究会東京大会など、今、様々な研究会でキャリア教育の実践が紹介されている。今後、それらの実践が各学校で工夫され、キャリア教育が全国に広まっていくであろう。

そして、キャリア教育を柱とした教育実践が各学校に定着すれば、困難な時代をたくましく生きる人材が育つものと考える。

 

引用文献

高橋重郷・石川晃・加藤久和・岩澤美帆・小松隆一・池ノ上正子・金子隆一・三田房美・辻明子・守泉理恵 2002日本の将来推計人口(平成141月推計)−平成132001)年〜平成622050)年−附:参考推計 平成632051)年〜平成1122100)年人口問題研究, 58(1), Pp, 57-84.

柳井修 2004 キャリア教育の充実と発展を求めて日本進路指導学会ニューズレター, 45, 2-3.

参考文献

仙ア武 2001わが国の進路指導及び相談研究へのD..スーパーの貢献 文教大学教育研究所紀要, 10, 63-68

文部科学省初等中等教育児童生徒課 2004 キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書〜児童生徒一人一人の勤労観,職業観を育てるために〜の骨子