焼酎の国から

 

                                人間科学専攻3期生・修了 甲斐 修

   

芋焼酎がブームである。大人の余暇をテーマにした雑誌では,焼酎の特集を頻繁に見かける。カラー刷りの頁には,都心の高級飲食店のカウンターに並べられた芋焼酎の写真。その数々の一升瓶の中に,普段友人たちと飲み交わしている銘柄と同じものを見つけたりすると,うれしい反面,何となく落ち着かない。

私の郷里・鹿児島は,芋焼酎の全国生産量の約7割を占める焼酎生産県。地元で酒といえば芋焼酎のこと。芋焼酎はもっと気軽に飲める大衆酒だと思うのだが。

庶民の酒として親しまれてきた鹿児島の芋焼酎が,ここに来て「焼酎バブル」ともいえる現象に翻弄されている。数年来のブームにより,鹿児島では焼酎の原料となる「コガネセンガン」という品種のサツマイモが不足。サツマイモを扱うでんぷん業者と焼酎メーカーが芋を奪い合う状況にまで発展している。焼酎メーカーは品切れを防ぐため,出荷量の調整を余儀なくされているという。それが価格高騰の一因にもなっている。

県内では一般的な銘柄も,東京などの大都市圏では蔵出し価格の数倍の値で売られている例も少なくない。最近では,稀少銘柄の芋焼酎のラベルを偽造し,一本数万円で偽物を売りさばくというネット詐欺事件まで起こっている。

現在の芋焼酎ブームのきっかけは,「幻の焼酎」と呼ばれるいくつかの銘柄が大都市圏で話題になったこと。さらに,テレビ番組や雑誌等で「芋焼酎は健康によい」というイメージが付加されたことである。これ自体は問題ない。しかし,消費者の購買欲を煽る情報のみが先行し,生産量に限りがある農産物を原料とする芋焼酎を,取引業者が買い占めたり,法外な値で取り引きしたりといった状況は尋常ではない。対象が何であれ,過去に終わらなかったブームはない。最も困惑しているのは,サツマイモの生産農家や蔵元の方たちであろう。

生のサツマイモを使った蒸留酒は世界にも例がない。日本では鹿児島・宮崎,そして鹿児島から製法が伝わった伊豆諸島だけである。先人たちは,過酷な風土の中にあって,試行錯誤の末,蒸留の技術を駆使して醸造酒のように飲める焼酎を造りあげた。

鹿児島の芋焼酎は料理によく合い,酔い覚めもさわやかである。晩酌はダレヤメ(疲れ休め)ともいわれ,鹿児島の文化として深く根づいている。県内には約100の蔵元があり,その土地の水や気候を活かした焼酎を製造している。高値で取引される稀少銘柄だけでなく,通常価格で買える旨い焼酎はたくさんある。

今春,九州新幹線が開業。新幹線が発着する鹿児島中央駅には,県内産の焼酎205銘柄が飲める「立ち飲み焼酎バー」がオープンし,連日観光客や出張帰りのビジネスマンたちで賑わっている。お湯割やロックなど,自分に合った飲み方ができるのも焼酎のよさ。手頃な値段で味わえる芋焼酎でもっと気軽に楽しんでもらえたら,と願っている。