『「イラク戦争」検証と展望』岩波書店

        寺島実朗、小杉泰、藤原帰一、編  200374

 

 

 

         

                                    

                                                   国際情報専攻 4期生 ・ 修了 長井 壽満

   
 

2003320日イラク戦争は始まった。その50日後、ブッシュ大統領は200351日午後9時(米東部時間)、太平洋上の空母エイブラハム・リンカーンの艦上で、イラク戦争の戦闘終結を宣言した。この本は開戦4ヶ月後に出版された。いまだに大量破壊兵器は見つかってない。イラク政府が国外のテロ組織と結びついていた証拠も、核開発の跡もない。イラクは国際平和に対する脅威だったといえるかどうか、その点さえ疑わしい[i] 

この本は米英軍によるイラク攻撃とは何だったのか、それが今後の世界に何をもたらすのか、40名あまりの研究者やジャーナリストが考えた試みである。

20045月、戦勝宣言後1年過ぎているのに、アメリカ軍はまだ14万人の兵をイラクに駐留させている。アメリカ国防省は兵の増派を本国に要求している。戦死者も増え続けている。アメリカは20046月に政権移行と唱えているが、実効ある政権移行が実現するか、疑問である。

20044月にはスペインで選挙が行われ、親米政権アスナール首相が退陣し、イラク戦争に批判的かつEU指向のサバテロ首相が誕生した。サバテロ首相はイラクから軍を引き上げる決定をした。5月にはアメリカ軍捕虜収容所での虐待写真が公開され、ラムズフェルド国防長官の辞任の声が上がっている。アメリカ一国主義が試練にたたされているといっても過言ではない。

 この本の編者は日本の国益及び理念(イデア)から見てイラク戦争に批判的な立場を唱えている人々である。イラク戦争開戦時、日本はアメリカの立場をとるのか、それとも国連主義で進むのか議論が戦わされた。小泉首相はアメリカ支持を打ち出し、人道支援という名目で自衛隊をイラクに派兵したのは周知の事実である。ブッシュ大統領の戦勝宣言から1年経た今年5月に第二陣の自衛隊を派遣した。

 この本はイラク戦争理解の一助として必読の書である。日本人は過去を忘れやすいと言われているが、イラク戦争の歴史(経緯)を忘れるにはまだ早いだろう。日本で流れているイラク戦争の情報源は欧米のニュース機関からの配信がほとんどである。日本人が日本人の目で取材した情報は限りなくゼロに近い。日本人でアラビア語を話せる人は何人いるのだろうか?日本でアラビア語学科を持っている大学は東京外語大と大阪外語大の二校のみである。こんな状況で正確なアラブ諸国の事情が掴めるのだろうか?こころもとない。

日本のメディアが単に欧米通信社の配信情報とアメリカから開示された情報を右から左に流している最中に、この本は開戦後3ヶ月のタイミングで出版された。この本で述べられている内容を、今の時点で吟味することにより、イラク戦争の意味づけがより明確に見えてくる。

 40人の研究者とジャーナリストが次のテーマで議論した論文が並んでいる。

1.               中東のイスラーム化とアメリカの求める民主化はどのような関係に立つのか。

2.               ブッシュ政権の主導する新秩序の模索とは他の国や国際機関との関係はどうなるのか。

3.               戦争におけるメディアの役割はなにか。

4.               朝鮮半島はイラクの次の戦場となるのか?

5.               日本の果たす役割はあるのか。

 イラク戦争を切り口として、現在の世界がどの方向に向かっているのか、グローバル化と言われる世界の有り方、イスラームの社会構造、イスラエルの問題、中東の近代史と幅広い話題を40人の目で議論している。

 日本の政治にはしなやかな発想がない。一度方針を決めると、そこで思考停止してしまい、その方針を実行する事にしか目がいかなくなる。今回のイラク戦争に対する日本の立場も、今の姿勢を継続するのか、それともスペインのように方針転換するのか、戦勝宣言がでてから1年経った今、考え直す機会が有ってもよいのではないか。イラクでの人質問題も、自己責任or notの二元論でなく、国、個人、NPO(民間)と三要素のあり方で議論するべきではないか。人質対策の窓口としてNPOが中間に有ってもよいだろう。日本の赤十字も人質問題の窓口として動けるのではないか。二元論でなく多様な発想が必要である。イラク戦争をきっかけとして、過去の継続でなく、論理的に事象をとらえなおして、日本の有るべき姿を理念的、論理的に再構築する時機がきている。

 この本は

「結局、我々日本人は、今までどおりの枠組みと固定観念の中で21世紀も生きるのか、それとも新しい時代の国際関係を創造するのかという選択肢の前に立たされているのである[ii]」から始まり、

『時代の空気が既成事実の後追いモードに入るとき、真に問われるのが「知識人の役割」だと思います。イラク戦争を前後して、何回もの討論に参加したが、この国の社会科学者や地域専門家、評論家という人たちの虚弱さを再認識しました。知識はともかく、条理とか理念についての魂の基軸がない。そして歴史の進歩についての思考さえない。自己保身と当面のつじつまあわせだけで発言している[iii]』、

そして

『情報というものについて、この戦争から、いたましいほどに教えられたものは「自前の情報」「自前の思考」「自前の判断」の大切さです[iv]』で終わっている。

 国際情報、政治、メディアに興味ある方には、是非お奨めの一冊です。

 

[i]寺島実朗、小杉泰、藤原帰一編『「イラク戦争」検証と展望』岩波書店、200374日、v頁。

[ii]  同上、14頁。

[iii] 同上、323頁。

[iv] 同上、324頁。