人間科学専攻 3期生  原田 こずえ

    「終わり」ではなく「始まり」のための小休止

       

   

 

本来なら2年間のところを3年かかって修了した私の修士論文執筆顛末記…ご参考になるのでしょうか。

私の大学院生活は、指導教員との相性、学友との交流という点でとても恵まれていたのではないかと思います。特に学友については入学前からの知人がおり、共に励ましあいながらの時を過ごせました。北野ゼミでは同期生の幹事をやらせていただくことになり、微力ながらも学友同士の交流をすすめることができ、同じゼミの修了生として長くお付き合いしたいなぁと言う気持ちも、論文を完成させるための助けになったような気がします。

修了するためには、修士課程2年間の間に、履修単位もクリアしなければなりません。1年次には20単位を履修、2年目は残り1科目と論文というように計画どおりに進んだかにみえましたが、2年目に体調を崩し、論文完成の目標を延ばすことにしました。

もともと、ある資格試験のための勉強がきっかけとなり、勉学への情熱が再燃したことが大学院に入学するきっかけでしたので、修了までの期間が延びることに対しての問題はありませんでした。生涯にわたり学ぶことを続けるための一つの形が「大学院生」でしたので、自分自身のペースで進めることが可能でした。もっともこれは家族の理解があってこそのことだと思います。

さて肝心の論文執筆は…

3年目はレポートの提出もなく一路論文執筆へ進めばよいだけなのですが、なかなかそうもいきませんでした。心身の不調はなかなか回復せず、乗り物で移動することが苦痛でした。しかし、途中変更した私のテーマでは実態把握が不可欠でしたので、身体を動かさねばなりません。卒業生へのインタビューは夏の短い期間に一気に進めました。図書館勤務のため文献収集は慣れていましたが、それでも手に入らない資料、いわゆる「灰色文献」などは直接研究なさった方にお願いして入手したり、配布されたであろう関係機関へメールして拝借したり、また、文部科学省へ情報開示請求をして入手したりと、ようやく秋には材料がそろいました。実際に具体的な文章を執筆し始めたのは10月以降でした。書き上げた部分を指導教員にお送りして、チェックしていただきました。とりあえず12月のゼミにおいての最終発表会までに提出できる形に仕上げることを目標としました。結局、最終発表会では、最終章の後半部分が間に合いませんでしたが、年内にはなんとか形になり、年明けは注の入れ込みと、誤字脱字のチェックに費やすことができました。

引用・参考文献の整理は意外に手間取ります。私の場合は、100点ほどのなかで雑誌論文が多かったので、使う・使わないは関係なく、コピーを入手したらすぐに、番号を付けて透明の袋付きのファイルに入れておきました。もちろん、文献ごとの書誌データをパソコンに入力しておきます。図書の場合は、引用・参考にしたページを必ずデータ入力しておきます。こうすることで最後の注をいれる作業がとても楽になりました。

パソコンに向かいながら聞く何度目かの除夜の鐘…こんなことはもうないだろうなぁと思ったり、完成したらあれもこれも…と、最後の追い込みにも力が入りました。実際に完成した後の自分へのご褒美は、論文とは関係のない本を思う存分読むこと!でした。

最後に、「参考になるのでしょうか…」という冒頭の疑問に戻りますと、参考になるものといえばそれはやはり、何よりも「心身の健康の維持をしっかりとね」、という当たり前のアドバイスになると思います。社会人大学院ともなりますと学友たちの身の上にも、いろいろなことが、本当にいろいろなことが起こりました。そのようななかで、自分自身の精神と肉体をより良い状態に保ちつづけることがとても大切なことをしみじみ感じています。

大学院に入学された理由は皆さん、いろいろ違うと思いますが、修士論文を提出したことが「終わり」にならず「始まり」になるような経験になりますように願っています。

修了を延ばす選択をした時に、ある先生から送っていただいた「自分は自分ですよね。いつもマイペースを崩されないように」という言葉を、大学院生活を続けられる皆さんにも贈りたいと思います。