国際情報専攻  原口 岳久

 

     「オリジナリティーで苦悩した2年間」

       

   

論文題目 : ユーゴスラヴィア紛争の背景と原因

−政治的、思想的、心理的要因を中心として−


 一昨年乾先生のゼミに加わったとき、修士論文について先生から言われたことはオリジナリティーの必要性でした。学術論文にオリジナリティーが必要なのは当たり前のことですが、入学当時はそういう認識すらなく、「学術論文とはそういうものか」と思った次第です。思えばのほほんとした学生でした。

以後ゼミでは、各ゼミ生の研究計画が発表されるたびに、「オリジナリティーはどこにあるのか」で激論が交わされることとなります。人がすでに言っていることを書いてもしょうがない。新しい発見はどこにあるのか。新しい視点、切り口はどこにあるのか。また、オリジナリティーがあるとしても、それが普遍的な価値のあるものでなければなりません。

我々が今までやってきた「勉強」は、先人の業績を学び、自分の知識とすることが中心でした。教科書を読んで、理解し、その内容をリポートやテストの答案用紙にまとめればよかったわけです。大学院に入って初めて、「勉強」から「研究」にステップ・アップすることの困難さを思い知りました。

天動説を否定して地動説を打ち立てたコペルニクスのような天才はともかく、一般人が新たな発見することは容易ではありません。我々が興味を持つようなことについては、たいてい誰かに研究されています。多くの人が関心を持つ重要なことほど、多くの専門家によって研究し尽くされています。この状況のなかで新しいことを見出していくには、自分のすべての知識、経験、感性、勘を総動員し、努力しなければなりません。独自の感性を持っている人、人には真似できないほど粘り強く物事を追求していく人は発見の可能性を秘めているのだと思います。

私の場合は、ごくシンプルな動機から研究をスタートしました。「ユーゴスラヴィア紛争で、なぜ人々は隣人を殺したのか。人間とはかくも恐ろしい生き物なのか」です。この点については、先行研究のなかに納得のゆく答は見つかりませんでした。これを追求すればオリジナリティーが出せるというのが私の勘でした。何よりもこの答を知りたいという欲求が強くあったので、テーマについてはあまり迷うことはありませんでした。

問題はその答を見つけるための方法でした。政治がああなってこうなって、という分析だけではだめだということは分かっていました。民族が違うというだけで、幼なじみすら殺してしまうような状況。これを説明するには、人間の「心」に立ち入らなければならないと感じました。

人の行動を決するのは心理です。そして紛争のような政治的現象は人々の行動の積み重ねによって生ずるものです。したがって心理と政治とは分かち難く結びついているはずなのですが、一般的に政治学は心理に深く立ち入りませんし、心理学が政治や歴史に立ち入ることも頻繁ではありません。政治学者から見れば、心理は目に見えず、あいまいであり、多様であり、移ろいやすいものなので、分析の対象とはなりにくいのでしょう。他方心理学は科学性を保とうとしますから、実験や観察などを重視し、歴史的過去における不特定多数の人々の心理を分析対象とすることはあまり一般的ではないのでしょう。

政治と心理をいかに橋渡しするか。これが私のもっとも悩んだところです。心理と政治や歴史の関係についてスケールの大きい分析をしたのが心理学者のエーリッヒ・フロムです。フロムはその著書『自由からの逃走』のなかで、近代社会に生きる人々の性格構造とナチズムの隆盛の関係を明らかにしました。このフロムの理論をユーゴ紛争に適用するこが私の研究のポイントとなりました。結果として、心理と政治あるいはイデオロギーの関係を何とか整理することができたと思います。

具体的な執筆方法としては、とにかく一度最後まで書いてみることを目指しました。その結果10月には最初の草稿を仕上げることができました。ところが、しばらく寝かせてから読み直してみると、なんとまあ粗雑なこと。論点がはっきりしないし、無駄な記述がやたら多い。そこで推敲を始めまたのですが、大幅な書き直しを余儀なくされ、分量も当初の3分の2にまで減ってしまいました。しかしおかげで最終的にはかなりすっきりした論文にすることができたと思います。

これから修士論文を執筆される方にアドバイスするとすれば、なるべく早い時期に、とにかく一度最後まで書いてみてくださいということになります。草稿ができれば、余計なこと、足りないこと、そして言いたいことが見えてくると思います。先生から早めの指導を受けることもできます。一発で完成度の高いものを書ける人はいないのですから、一度書いてみて推敲するのが正解と思います。何を書こうか、どう書こうかと悩んでいるうちに秋が深まってしまうと、とても苦労しますから。

いろいろ苦労しましたが、修士論文を書くことは自分にとってきわめて貴重な経験となりました。その過程で、乾先生をはじめ、諸先生方、ゼミの皆さんにさまざまな指導や励ましをいただきました。この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。