日本人留学生の「寸劇」事件
―中国陝西省の西北大学事件報道管見―
博士後期課程1期生 山本忠士
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<いったい、何があったのか!?>
10月31日の読売新聞朝刊(北京=佐伯記者発)は、「中国学生1000人抗議 日本人学生の寸劇に反発 西安」という見出しを掲げ,中国陝西省の西北大学開かれた歓迎会での日本人留学生の寸劇が中国人の激しい怒りを呼び、大規模なデモにまで騒ぎが広がったことを報じた。これが、この事件を報じた日本の新聞の第1報であった。記事は、北京の日本大使館等の情報を元に、中国学生多数が留学生宿舎に押しかける事件があった、こと。1000人以上の学生がデモに参加し反日スローガンを叫んだ(ロイター通信情報)こと。日本大使館が公安当局(警察)と連絡をとって留学生の安全確保と31日に現地に職員を派遣し状況把握に努める方針であること。「劇の衣装が中国人を侮辱したとの反発を招いたものと見られる」(AFP通信情報)との内容を伝えた。
大規模デモ発生とこの記事の説明がよくつながらない思いがした。問題の寸劇が、いつ、どんな状況の中であったのか。千人ものデモを引き起こす寸劇とは?なぜ中国人学生がそんなに怒ったのか、いくら読んでも判然としなかった。 同日夕刊続報の読売新聞(北京=佐伯記者)、朝日新聞(上海=塚本記者)の更に詳細な記事によって、概略が理解できた。両紙とも、新華社電を中心にまとまられており、先に読売が報じたような「歓迎会」ではなく、日本人留学生3名と日本人教員1名が西北大学の「文化祭」で事件がおきたこと。卑猥な寸劇の内容が、「赤いブラジャーを胸に着用した上、下腹部に紙コップをつけて踊りながら、ブラジャーの中から紙くずを取り出して観客にばらまいた」(朝日新聞)ことを伝えた。Japan Timesは北京共同通信電として、産経新聞も陝西省教育庁の発表として「紙コップ」の内実を直截に表現をしている。 「度を超した下品さに西北大学の教員や学生が反発し、その場で踊りをやめさせた」(読売新聞)というのも、無理からぬ状況のようだ。この馬鹿げた踊りに日本から雇われていた教員も参加したというから、情けなさを通り越して消え入りたいような思いを禁じえなかった 大使館によると彼らは「卑猥な寸劇を行った事を大筋で認め」、「大変なことをしてしまった。迷惑をかけ反省している」(朝日新聞11月1日夕刊)といっているという。 朝日新聞は、新華社電の外、香港の文匯報が「ほらこれが中国人だ」と書かれた札を掲げた、ことを伝えた(その後、本人達は否定)。
<千人のデモ学生!>
それにしても、千人を超すデモが起きたくらいだから、相当数の学生がこの寸劇をみたと思われるのだが、その状況がよくわからない。つまり、「寸劇を見た人たち」の怒りがデモに発展したわけだから、基本的に、デモ参加者=寸劇を見た目撃者、と受けとめていた。そうだとすると、観客数は千人以上になるだろうから、相当大きな会場であろうと想像していた。しかし、それに触れた記事が見当たらない。
どうやら、当日の観衆=デモ学生ではないようだ,と気づいたのは、毎日新聞朝刊(11月2日)の記事に、この「文芸の夕べ」に集った約400名の多くは、「著しく下品。この催しと中国人を見下している」(大学側)と受け止めた」とあった。他の演目が格調が高かった、こともあるという。それでも、約400名しか見ていなかった寸劇に対して、なぜデモ参加者が千人にまで膨らんだのか,よく分からなかった。同紙同日の夕刊記事に「文芸の夕べ」を企画運営したのは、中国共産主義青年団で、大学だけでなく企業もスポンサーとして多数協賛していたという。抗議デモを中心的に組織したのが、「文芸の夕べ」を企画・運営した中国共産主義青年団の幹部たちであったとことも,報じられている。
毎日新聞(11月2日、西安=浦松記者発)[ニュースの焦点]は、このデモが「公安当局の誘導に素直に従っているところから、地元住民には「官製デモ」と受け止められている。公安当局が、反日世論の「ガス抜き」のため、あえてデモを黙認したのではないかとの見方もある。」と伝えている。香港[明報]の報じた[デモの写真]を見ると,先頭の学生は、中国国旗を持って整然と行進しているようであり、留学生宿舎に暴れこんだ中国人に無関係な日本人2名が軽い負傷をしたという。日本大使館員も[理由の如何はともかくに関わらず、遺憾だ]と中国側に伝えたという。
<迅速な中国側の事件収拾>
中国側の報道は、思いのほか扱いが小さく11月1日の「人民日報」8版は、[ 新華社西安 10月31日電]として、西北大学が、30日、校規違反を理由に日本人留学生の除籍と日本人教師の解雇したこと(10月30日、這名日本教師被学校解聘、3名日本留学生被学校開除。)を「西北大学厳粛処理違反校紀的日本教師和日本留学生」との見出しで報じた。数日間の人民日報をさがしても、この前後に西安大学の事件は報道されておらず,この結果報道だけでこの件はおしまい、というように淡々とした伝えかたであった。
解雇・退学処分の理由は、10月29日に西北大学外国語学院講堂で行われた第3回の文化祭で「低級下流的動作」があり、それが中国学生の強烈な不満を引き起こしたこと。彼らの行為は校規に違反するものであり、それによって厳重な処罰を受けた、と説明している。さらに、中央電視台(テレビ)は、中国外交部が日本大使館に対して、「在華日本留学生が中国の法律と学校の規則を遵守し、中国人民の風俗習慣を尊重して、今後このようなことのないように」日本側としても措置を講ずるよう要請したことを伝えている。
例えば、日本で中国人教員と学生が何かの事件を起こしても、即日解雇、退学処分となることはあり得ない。また、仮に4人の中国留学生が何かの事件を日本で起きしても、外務省が中国大使館に対して、「中国人留学生の日本滞在の法令遵守、日本の風俗習慣の尊重」を要請することはないだろう。あるとすれば、文部科学省から当該大学学長宛てに注意とか調査が来るくらいだろう。ことは、留学生を受け入れた大学の責任範疇のことと理解するからである。
ともかく、事件が起きたのが29日の夜であり、翌日には解雇、除籍処分が下されたわけだから、その動きの速さに驚かされる。処分理由、処分のスピードのいずれをとっても、日本の大学では、まねの出来ないことはたしかである。
<匿名事件の不思議>
日本の大新聞の一面トップ(毎日新聞11月1日夕刊=写真)を飾るほどの大きなニュースであったのに、不思議な事に「誰が」という寸劇を演じた者、見た者の個人名入りコメントがまったくなかった。確かに「犯罪」を犯して警察に逮捕されたわけではなく、プライバシー保護の観点から判断されたのであろうが,日中の外交機関を巻き込んでの事件であるのに伝聞だけで記事が書かれ、当事者の姿も、声もない報道に、不思議な事件との印象はぬぐえなかった。 興味深いのは、震源地の中国での新聞の扱い小さく、香港、シンガポールといった周辺に地域ほど大きな扱いになっていることである。水の波紋に似て、広がりが興味深い。
日本人の名誉を著しく傷つけたという観点からいえば、匿名では済まされない気がするが、何らかの基準に従って、このような措置となったのであろう。しかし、大人がこれだけの国際的騒ぎを起こしながら、最初から最後まで「日本人教員1名、日本人留学生3名」の匿名で、何の申し開きのない点,やや腑に落ちない思いがする。
あるいは行為の内容と、社会の反応の大きさとのアンバランスが、ニュースを膨らませたのかも知れない。(何でこんなばかばかしいことが、これだけ国際問題として騒がれなければならないのか、といぶかしむ人もいたことも確かである。) もう一点、Japan Timesは、11月1日付記事の写真説明で「a skit performed by Japanese exchange students・・・…」としており、単なる一般留学生ではなく、特定大学の「交換留学生」であるこことを示唆している。
毎日新聞は、問題を起こした4人の反省文を掲載し、その文末に「この後4人の連名」と記載して、固有名詞を省いている。しかし、日本国内でのプライバシーの配慮が、同じように外国で配慮されるわけではない。そこに温度差が出る。
例えば、香港の「明報」(写真)は、インターネット情報(千龍網)として「西北大学開除日籍学生」との大きなスペースを割いた記事を掲げ、文中で大学側が、「已決定開除A、B、C等人的学籍」と固有名詞を記載して、3名が除籍になった事を伝えている。
インターネット情報は、西北大学のホームペイジからのものと思われる。西北大学のホームペイジには、A,B,C3名の固有名詞を付した処分通知が登載されており、それが新聞に利用されたのであろう。大学として厳正な処分を行った事を社会的にも周知させる必要があると、判断したのであろう。
「西北大学文件」 校発2003学字48号 各院系及有関処室: A、男、1981年○月31日出生、日本国人、2003年3月進入西北大学漢語専業学習。 B、男、1977年○月22日出生、日本国人、2003年3月進入西北大学漢語専業学習。 C、男、1982年○月29日出生、日本国人、2003年3月進入西北大学漢語専業学習。 上述三人、在2003年10月29日晩上外国語学院挙辦的外語文化節閉幕晩会上、演出日本舞踏節目、服装装扮低級下流、有損中華民族感情、引起我学校学生憤慨。経調査、日本学生尽管没有侮辱中国和中華民族的主管悪意、但是在我校学生中造成了十分 悪劣的影響和非常厳重的后果、其行為不符号我校学生行為標準、経学校研究、己決 定開除A、B、C等人的学籍。 西北大学 2003年10月30日 インターネット情報では、「中国情報局」(11月1日)に、この事件の現場に居合わせたという西北大学日本人留学生投稿者「chuta」名の文が出ていた。彼は、わいせつ寸劇ではなく「シャツの上に赤い下着をつけただけ」、教師も参加といっていますが、「彼は飛び入り参加で内容も知らず、ただ舞台の上にいただけ。服装も違います。」と書いています。 そういう彼も、寸劇が、観客に不快感を与えたことは事実として認めている。ただし、この文章が本当に留学生の文章という保障はありません。
<現場取材の重要性> 今回の報道で、目立ったのは現地取材の有無であった。ニュース的には、毎日新聞,朝日新聞の現地報道が優れていたように感じた。読売,産経,日経等の各紙は、主として共同通信社,外国通信社や大使館等のブリーフィングを繋ぎ合わせた感は否めず,その分、新聞社独自の視点を持った報道という点で,やや迫力に欠けた嫌いがあった。
興味深かったのは,中国本土の新聞社の扱いに比べて,周辺の香港(「明報」),シンガポール華字紙(「聠合日報」)の扱いの大きかったことであった。まさに、事件が波紋となって広がっていったのであった。
場所柄をわきまえない、日本人学生の未熟さから来る「下品な振る舞い」が問題を引き越したのだが、それを攻撃する中国人学生のデモ隊横断幕に「品のない」言葉が使用されていたことは残念なことだった。例えば、[Fuck Japanese]であり、「日本狗滾」(日本の犬、出ていけ)等である。決して品のよい言葉ではない。
感情のおもむくままに、下品には下品で対抗する,ということなら、中国人学生の、折角の問題提起もどこかに飛んでしまい,結局のところ,同じ穴のむじなになりはしないか。
ともあれ、遠く離れた中国の一地方の出来事が、思いもかけないような事件となって日本や日本人を貶めることになることを、われわれは十分に認識する必要があろう。インターネット時代は、一瀉千里の時代であり、「旅の恥」も、自分の町の恥同様に、かき捨てにできない時代なのである。その意味で,今回の事件を、中国人学生の投げかけた問題提起を、日中間のコミュニケーション・ギャップのケースとして考えてみる価値はあるように思うのである。 以上 |
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