タイムリミットは八ヶ月

 

 

                           国際情報専攻 5期生  真藤正俊      

 

 

 

 

 

 「私のガンは治癒不能であり、あと八ヶ月で死ぬ」。この体験は世界的に有名なある古生物学者のガンの闘病体験である。その青年の名はスティーブン・ジェイ・グールド。「不可能を可能にした戦いの体験」を読者に紹介しよう。

1982年の出来事であった。古生物学者のグールドが40歳であった時、「腹部中皮腫」というガンにかかった。「腹部中皮腫」というガンは、当時としてはたいへんめずらしいガンであり、間違いなく死に至るガンでもあった。

「死にたくにない」、グールドは正直そう思った。助かりたいと決心した彼はガンと戦うべく対策を立てるために、病院のベッドから起き上がり、生きる自信を失いながらもフラフラと自分の病室を抜け出した。そしてガンに関する多くの体験談を貪るように読み始めたのである。

 しかし、苦しい戦いの最中、自身が悟ったのは、何百万冊もの体験談を読むことより、自らのガン体験の方がはるかに現実的で、重要な価値があるということだった。そこから学んだ体験は「ガンに克つ。常識を超える結果を出し、勝って生き抜くこと」であった。

 普通われわれが、テレビを通して死亡したガン患者の体験を見ると「ああ、やっぱり助からないんだな。それが常識だもんな」と受け止める。本人の痛みや苦しみが自分に伝わってこないからだ。それは健者のおごりでもある。

 最初は誰だってそうかもしれない。グールドもそうだった。医師から事実を後になって伝えられ、死の恐怖に怯えた。調べた資料は残酷な事実を伝えるものばかりだった。助からないのではないか。そう思わざるを得なかった。なにせ、そこに書かれているのは「腹部中皮腫の患者は、必ず死ぬ」という事実なのだから。

 ガンと戦うべく入手した文献によると、腹部中皮腫というガンは診断から死に至るまで約八ヶ月しか生きられないと、すでに証明されている。「治癒が不可能」であると医学的に証明されているのだ。

 医学の研究をする上で、人類は数値のデータを参考にすることが多い。つまり、数値こそが死亡率という常識を物語るのだ。今回の場合、診断から死に至るまでの平均時間の中央値(メジアン)が八ヶ月であった。一研究者なら、その中央値の意味が分かるはずである。そう、中央値が八ヶ月ならグールドは八ヶ月しか生きられないのだ。

 ここで、青年グールドは「賭け」にでた。そう、「もし、私のガンのデータが死んだガン患者のデータと違い、さらにガン細胞の増殖の進行も従来のケースでないとしたら、もしかして助かるんじゃあないのか」、と。そこから出た知恵は「自分の弱い心に負けてたまるか」というものだった。知恵というより、感情的なものであったかもしれない。「負けじ魂」であった。

 たとえ神から「死を告げられていたとしても、人間はそれを本当に受け入れるのだろうか?」、と考えた時、グールドはガンに戦いを挑むために「一人立った」のだ。その勇気に支えられた彼の体は自然に「宿敵ガン」との戦場に前進していった。ついに戦いが始まった。

グールドはかつてない「非常識的な攻め」に転じた。「勝ちたい」「生きたい」、そう願った。不可能をなんとしても可能にしてやる。勇気を振り絞り、彼は実験段階の非公式治療法を使い「治癒不可能のガン」に戦いを挑んだのだ。結果として彼はガンを見事克服することに成功したのだ。

 ガンに勝った理由は第一に、早期発見であったため、勝つためにスピード勝負に出たということ。つまり、一日で終わりに出来る使命を何十日もかけてやるようなことをしなかった。第二に楽観主義を中心に考え、「きっと自分は助かるに決まっている」「私はガンに勝てる」と勝手に思い込んだためであったこと。第三に、「戦いを始める前に、勝つと決めて勝負に挑んだこと」である。勝負というものは最初に「勝つ」と決めて戦うものである。当然戦うからには負けられない。

 もし、自分は助からないと悲観的な思いでいたなら、ガンとの戦いをやらなかったかもしれない。最後まで、勝つと決めた執念が勝利を呼んだのだ。グールドのガンの治療は終了し、現在までガンは再発していない。そう、青年グールドは勝ったのだ。戦いは最後まであきらめない者が勝つ。

 

暗黒を破れ!壁を越えろ!人間の尊き生命よ、万歳!

 

この体験から、私が学んだものは、たとえ死という結果が出たとしても、最後まであきらめない人間は、戦いぬいた人間は、必ず勝利するのだということだ。おかしく思えるかもしれないが、一瞬、一瞬を真剣に戦い抜いた人間の一年は十年、百年に匹敵する。

 よくガンに関わらず、特殊な体験で不治の病を克服した体験の中に奇抜な治療法や信じられない薬物療法や、変わった食生活、昼夜逆転の生活をしたなどの例が報告されている。医者や科学者はこれを認めないが事実が目の前にあるのにもかかわらず認めないのは、本当に愚かである。しかし、稀であるため教科書やスタンダードな治療として紹介出来ないことが一般である。なぜなら、不治の病の患者の多くは死んでゆくからだ。

 

ただ、人間の生命力は計り知れない。その生命力を引き出すのが「勇気」であり、「希望」であり、限界を超えるための「闘志」である。そして何よりも「負けじ魂」こそが、この戦いにおける勝利の最大の要因である。

 

参考文献

スティーブン・ジェイ・グールド『フルハウス 生命の全容〜四割打者の絶滅と進化の逆説〜』渡辺政隆訳、早川書房、1998720日。