《技術の歴史》とは?

                          ――「ニュートン以後の科学史」拾遺集――

 

                     人間科学専攻 1期生・修了 大槻 秀夫

 

 

 

 

著者紹介

大正14年生まれの元高校教員(昭和61年に定年退職)。福島市在住。数学を(時には現場の事情で物理や電気を)担当していた現役教員時代以来、「近代科学」を産み出したのは何であろうか、という疑問を懐いてきた。通信制大学院が出来るのを知って、本研究科に入学。上の疑問を自分なりに解き明かしたいと願い修士論文のテーマに「アイザック・ニュートンと科学革命」を選んだ。

 

    

 

 

 

 

 

はじめに

 

 「ニュートン以後の科学史」と銘打って、これまで数篇の短文を認めてきた。前号で、「熱力学」の形成を論じた際に、もともと「熱力学」の発見が純粋な理論的科学者によってよりも、むしろ現実の生活場面で実践的応用に関心を抱く実際的な技術者によってなされることが多かったという事実認識に到達することが出来た。

 そこで今回は、「科学史」の研究と密接な関係にある「技術史」(「技術の歴史」)の研究の問題を論じてみたい。ただし、著者自身の「技術史」研究の一端を披瀝するのではなく、以前、この誌面でも紹介したことのあるVOAの公開講座(Forum Lectures)、その第9回講演に当たるメルビン・クランツベルク「技術の歴史」の議論を簡単に要約するにとどめる。そうすることで、「技術の歴史」、そしてその学問的研究とはどのようなものなのか、を把握するための手がかりが得られれば幸いである。

 クランツベルクの講演を要約する前に、3点を確認しておかなければならない。

 第1に、表題となっている《技術の歴史》の原語はhistory of technology”である。これは、「技術の歴史」という客観的な出来事や事実と同時に、技術に関する歴史的な研究、あるいは技術の歴史に関する学問的な認識を表現している。“history of science”が「科学の歴史」という客観的な事実とともに、それに関する学問的な研究を意味するのと同様である。

 第2に、クランツベルクは、アメリカ合衆国における、特に第2次世界大戦以降の、「技術史」研究の基本的な動向に言及している。

 第3に、クランツベルクの講演の中に、《技術の歴史》は単に「技術」そのものだけに着目するのではなく、技術が生まれる社会的文化的背景を考慮に入れなければならないこと、そして「技術史」研究はひいては、人間精神の一つの特性がよく現れる領域であること、という興味深い視点を打ち出している。

 

第9講演:「技術の歴史」

 以下の記述において、数個の論点を挙げて、それにしたがって要約を進める。

 

(1)19世紀における状況の転換

 アメリカにおいて、「技術の歴史の学問的研究はごく最近になって(=戦後になって)ようやく発達を遂げた」。その背景には、アメリカにおいても、肉体労働を低く見る古代ギリシア以来の伝統が19世紀に入っても生きていたという事情があった。つまり、それまでのアメリカにおける学術研究は、人間の崇高な活動は「理性的な思考」にあり、肉体労働は品位のないものと見なす古典古代的な態度に支配されていた。

しかし、こうしたアカデミズムの世界からは独立に、19世紀半ばになると、肉体労働の重要性、労働者の社会的役割の意義を強調する民衆の社会的態度の革命が起こった。「事実、丸太小屋からホワイトハウスへ、というアメリカの伝説は、肉体労働は軽蔑されるべきものではなく、成功への大きな夢の実現のために不可欠のものであるという感情を育て上げた。」合衆国政府は特に、農業と機械技術における訓練を目指した施設を設置し始めた。一般民衆は、人間の物質的欲求や快楽を充足するに当たっての「技術の壮大な偉業」を目の当たりにすることによって、技術の重要さをいよいよ深く自覚するにいたった。

 

(2)ヨーロッパより遅れたアメリカ「技術史」研究

しかしながら、「学術の世界は、技術の評価の点で民衆の世論よりも遅れていた。」本来ならば、技術の歴史を研究すべきである学者たちが、機械の作用を理解できないというありさまであった。このような中で、「技術の歴史」の本格的な研究は、ヨーロッパにおける研究に比べて数段の遅れをとっていた。

 

(3)第2次大戦後の飛躍的な発展

本格的な開始は遅かったものの、ひとたび緒につくと、技術の歴史はアメリカにおける活発な学問の分野へと発展しつつある。技術史研究を推進する役割を担ったのは、工業技術・工学教育の中で人文・社会諸科学の重要性が強調されたという事実であった。工業技術における一般教養科目の役割に関する報告書は、技術の発展にとって社会的、文化的な背景がどんな意味を持つかを、工学系の学生に教えることが望ましいことを強調した。1958年には、技術史・技術誌のための学会が設立され、学会雑誌『技術と文化』が国際的な規模で、年に4号の割で刊行された。このような状況の中で、「技術の歴史」や「工学の歴史」と題する授業科目が大学やコレッジの教育課程に導入されるようになっている。そして、研究者たちは、ある時代における技術の発展をその時代の社会や文化との関係のなかで把握しようとする問題意識のもとに、研究を行いつつある。

 

(4)研究施設・設備

 このような「技術史」研究の発展を支える施設や設備の整備・拡充という事実に着目しなければならない。博物館・図書館といった施設の充実である。

社会と技術の進歩において重要な役割を演じてきた道具や機械、またこれらに関する記録を保存しようと今や、努力がなされている。科学と産業についての数多くの博物館が、技術的工芸品とその記録との両方を保護するために建設されてきている。スミソニアンの施設、ワシントンの国立博物館、フィラデルフィアのフランクリン研究所、シカゴの科学工学博物館、等は「技術」に関する膨大で貴重な資料の貯蔵所である。また、この他に、技術のある特定の分野・側面に関する記録の保護を目指す専門的な博物館が多数、存在する。これらの博物館は、歴史家の研究のための原資料を提供するとともに、アメリカの偉大さに貢献した過去の技術的遺産を一般公衆に知らせる、という2重の使命を負っている。

技術に関する「写本」、公文書、製図、青写真といった資料を収集・保存し、その情報を研究者に提供する資料館・図書館も、博物館におとらず、重要な役割を担っている。このように専ら「書誌学的資料」の収集・整理・保存に精力を傾けているもののほかに、過去の秘法・技法に関する口伝を収録する努力を重ねているところもある。カリフォルニア大学ケース研究所にあるArchive of Contemporary Science and Technologyはその一例である。

 

(5)社会史の一環としての「技術史」
 技術そのものも、また技術史の研究も、そもそも「実用的な傾向」を免れないことは事実であろう。その意味で、「アメリカ合衆国における技術史の将来の研究はその多くが実用的な傾向を持つであろう」ということは容易に見て取ることができる。しかし、重要な点は、「技術それ自身は、人間の環境を支配し制御するための人間による創造活動である。技術の目的は人類により使用されることに存する」ということである。「学者たちが技術史に惹かれるのは、必ずしも常に、人間の歴史についての純粋の好奇心や、現在をよりよく理解するために人間の過去を再構成することに対する関心によるだけであるとは限らない。むしろ、今日の世界において自分たちの研究は、人類を悩ませる問題に遭遇したときに役に立つだろうという希望によるのである。」なぜならば、「技術史(の研究)は、技術の発展を刺激しまたは抑制する社会的、政治的、経済的、そして文化的な条件に対して、解明の光をあてることができる」からである。

このような問題の地点で、「科学史」は「社会史」と接点を持ってくる。いや、「科学史」は「社会史」の重要な一環であるという基本性格を帯びてくるのである。

「歴史家に興味を起こさせる他の問題は社会および経済の工業化の影響である。産業革命は過去の西洋文明の上にどんな影響を及ぼしたか。技術の革新が、経済の成長、競争、企業、資本の形成、失業、景気の循環、そして他の関連した状況の点で工業にどんな影響を与えたか。技術史家は、技術の進歩や経済過程それ自体に対して掛け値なしの興味を抱いているのではなく、人間に関心を持っている。技術史の研究は、今後は、展望として、必然的に人間探究とならなければならない。以下に掲げる問題は、技術史家たちがその研究によって何らかの解決を当然目指してよい問題である。技術は、人間の美的感覚と美的価値にどのように影響したか。技術は、どのようにして、生物としての人間の物質的欲望と快楽に奉仕するとともに、どのようにして人間の精神的生活を豊かにしたか?技術の発展は人間の安全と幸福に貢献したか。技術の革新は、その革新に順応する社会や人間の能力、あるいはそれを制御する社会や人間の能力よりも、一層速やかに進んだか。おそらく将来の技術史研究において中心をなすであろうこれらの問題は基本的な問題であり、その解答は我々すべての生活に影響するであろう。」

 

(6)《技術の歴史》研究の精神的意味

 「技術」と「精神」、「技術」と「理性」というと、全く無関係のように思われるかもしれない。しかし、実際には、そうでない。人間の「特性」の重要な部分を構成する「理性」にとって、「技術史」研究がどのようなよう意味を有するか。クランツベルクは、この点を簡潔に総括している。最後に、その言葉の要約を掲げよう。

 「もし、技術史が未来についての何らかの希望を我々に抱かせることができるならば、また、もし技術史が我々に次のことを示すことが出来るならば、つまり、人間はいかにして自然との競争に勝つことができるか、そして、人間の精神は複雑で不確実な問題の解決のためにいかにして理論を使うことができるか、を示すことができるならば、我々は、我々を襲う他の諸問題は人間の理性の使用によって克服されるという信念と希望を、いよいよ強く抱くことができるであろう。このような人間の特性をこれほど明白に示しているものは技術史をおいてどこにもない。」