『デブの帝国』

 「いかにしてアメリカは肥満大国となったのか」

 グレッグ・クライツァー著・竹追仁子訳、バジリコ梶A
  2003/06/25(1500円+税)

     

                                                  国際情報専攻4期生 長井 壽満

   

 

「この20年でアメリカの標準体重をオーバーする人口比は25%前後から増加し続けてその比率が30%、35%、40%と上昇している。何が原因で、この体重増加が起きたか、20年で遺伝子が変わるはずが無い、どのような環境変化があったのだろうか・・・[i]」との書き出しで始まるこの本に、現代アメリカ社会の縮図が投影されています。 アメリカ人の肥満にアメリカ的資本主義(欲望の最大化=利益の最大化)原理のデメリットが端的 に現れている。この本はアメリカ人の肥満を、食品製造者、消費者、「富める者・貧しい者」、生活様式の変化など、色々な角度から分析しています。アメリカの肥満は社会的な問題であり、個人の問題ではないと結論づけています。

 人類6000年の歴史は飢餓をいかに克服していくかが最大の課題でした。今のアメリカはマクドナルド、ポテトチップ等に体現される低価格、高カロリーのファーストフード(ジャンク・フード)に囲まれています。人間の脳は過去の飢餓体験 の積み重ねにより本能的に脂肪をおいしいと感じるようにできています[ii]。(余談ですが、脚注の伏木亮の本もお勧め、寝ながら読めます)。餓えに慣れていた体を突然高脂肪・高カロリーの飽食の世界に投げ出されたアメリカ人の悲喜劇が、社会システムを通してリポート風に書かれています。

 アメリカは農業大国ですが、天候不順により197172年アメリカに食料不足の恐怖がおき、その反動として大規模農業を薦める政策、穀物輸出を前提にした生産計画、つまり自由に穀物を作れる政策を打ち出しました。1970年代半ばには 、トウモロコシ生産量は常に前年を超える水準までに上がりました。今度は大量生産されたトウモロコシを消費する市場をさがさなければならなくなりました。ところが1971年日本の食品科学者が、もっと安い甘味料をトウモロコシから効率よく生産する方法を発見しました。高果糖コーンシロップ、HFCSです。ショ糖より6倍も 甘いので
す。
HSCSには、冷凍食品につかうと冷凍焼けを防げる、パンや菓子につかうと製品はたった今焼いたような「より自然に」見えるようになります。自動販売機に置かれている長期保存可能な食品につかっても新鮮な 味を保つことができる等、化学的に優れた特質もありました。ただ、果糖は人間の体内でショ糖やブトウ糖と全く違うルートを通って代謝されます。果糖は体内で直接果糖の形で肝臓に達してしまいます。ショ糖、ブドウ糖は複雑な分解過程を経てから肝臓に達します。つまり肝臓は『果糖』をそのままの形で処理しなければならない、肝臓に負担のかかる糖分 なのです[iii]

食品の高カロリー化の役割を担ったもうひとつの主役はパーム油でした。植物油であるパーム油の価格はマーレシア、インドネシアで大プランテーション作物として 低賃金で安価に生産されています。大豆油の数分の一の価格で手にはいります。植物油にもかかわらずパーム油の飽和脂肪酸の混有量は45%、豚油は38%であす[iv]。このパーム油も大量生産・ジャンクフードに向いている性質をもっています。パーム油 を使った製品は安定した性質を持っているのでスーパーの陳列棚に長期置かれていても劣化しない、永遠に陳列しておいても味の変わらない製品ができるのです。 さらにパーム油は分子構造がラード(豚油)に似ているため、多くの植物油よりも味がよいのです。マーガリンの主原料はパーム油です。植物油といっても、ラードと同じよう に高脂肪油なのです。

 トウモロコシから生産された低価格の果糖、パーム油から生産される低価格植物油、1970年代に現れたこの二つの安価で人間の嗜好に合う原料と、アメリカの大量生産・大量消費の社会システムが噛み合い、大量の高脂肪・高カロリー食品が低価格で市場にでまわりました。先導役はコカコーラ、マクドナルド、ケンタッキー、ピザ、タコス、等のファーストフードチェーンです。ファーストフード 会社は大量生産した商品を大量に売るために、メディアを通して大量宣伝をしました。1970年代に生まれ育ったアメリカ人は今30歳です。高脂肪・高カロリーで育った世代が今の「デブ」なアメリカ人です。

 食内容の変化とは別に、アメリカ人の生活様式も車、テレビ、ゲーム、電化による家事からの解放など、体を動かさない生活様式が定着したのも、大きな肥満化の原因です。

 筆者は、アメリカ社会の階級間、人種間、所得階層の間、など多様な切り口での分析リポートを紹介してアメリカ社会の肥満の現状を説明しています。日本人に住んでいると理解できないでしょうが、アメリカの底辺を支えているのは貧しい移民(ラテン系、メキシコ系が主です)です。貧しい国に生まれ、子供の時代粗食に慣れた人々がアメリカに移住して急に低価格・高カロリーの食環境で生活するようになりました。しかし、体は旧態依然子供の時の食習慣に基づいて、できるだけカロリーを体内に留めておくよう働きます。この結果、脂肪が体内に留まり太りやすくなると論じており「貧困=デブ」と説明しています。そして肥満の原因を貧困、階級、教育、社会システムまで広げて議論しています。

企業は利益・販売量を維持するために、肥満となるのを知りながら、高脂肪・高カロリーの食品をどうやって多くの人々に買わせようか、アメリカ式資本主義経済の仕組みもこの本から透けて見えてきます。

日本も飽食の時代に入っており、糖尿病を始めとして成人病が社会問題になっています。日本の食品の半分以上は輸入品です。我々の食の問題、ひいては現在の食のグローバル化、大量生産・大量消費の生活様式を考えなおすきっかけとなる本としてお薦めします。以上


 

[i] グレッグ・クライツァー著『デブの帝国、(副題:いかにしてアメリカは肥満大国となったのか)』竹追仁子訳、バジリコ梶A2003625日、5

[ii] 伏木亮『ニッポン全国 マヨネーズ中毒』講談社 20031月、&『グルメの話 おいしさの科学    サイエンティフィックアドベンチャー』

[iii] グレッグ・クライツァー著『デブの帝国、(副題:いかにしてアメリカは肥満大国となったのか)』竹追仁子訳、バジリコ梶A2003625日、19

[iv] グレッグ・クライツァー著『デブの帝国、(副題:いかにしてアメリカは肥満大国となったのか)』竹追仁子訳、バジリコ梶A2003625日、27