電気・磁気現象の発見
                       ――ニュートン以後の科学史の1断面――

                                                                           

 


著者紹介

大正14年生まれの元高校教員(昭和61年に定年退職)。福島市在住。数学を(時には現場の事情で物理や電気を)担当していた現役教員時代以来、「近代科学」を産み出したのは何なのであろう、という疑問を懐いてきた。通信制大学院が出来るのを知って、本研究科に入学。上の疑問を自分なりに解き明かしたいと願い修士論文のテーマに「アイザック・ニュートンと科学革命」を選んだ。

                                    人間科学専攻1期生・修了 大槻  秀夫


 私は先に「『科学史』の考え方をめぐって」と題して何回かに亘って本マガジン誌上に投稿している。その始めに、ニュートンによる「科学革命」に20世紀において匹敵するものとしてアインスタインによる相対性理論及びシュレーディンガーとハイゼンベルグによる量子力学を挙げ、このことに異論がないものとしたのである。だが、その後引き続き学習を重ねて行くにつれて、どうやら現代の相対性理論及び特に量子力学の理論体系はまだまだその完成には至っていないように思われるようになってきた。すなわち、ニュートンの古典物理学の場合においては当時の科学者たちにとってニュートンの物理学は完成されたものとして疑問の余地はないとされ、それ以後の研究者にとって残されたものは僅かに、取るに足らない補修や追加しか無いとされてきた。ところが、例えば量子力学においては、その理論そのものに対する批判や疑問が次々と提出され、70年前から現在に至るまで未だに納得の行く決着がついていないように見られる。従ってシュレーディンガー等による量子力学理論はニュートンの古典理論の20世紀的対応物とするよりは、むしろ近代科学成立史におけるコペルニクスの地動説の位置や役割に対応するものとするのが妥当ではないかと思うようになって来た。従って現在の量子力学の研究はコペルニクス以後のガリレオやケプレルやその他の研究の成果を挨って完成したニュートンの『プリンキピア』のごとく、完成を見るのではないかと思われるのである。そのような観点から、ハイゼンベルグ等の業績を踏まえてその後の物理学界の様子を見据えて行きたいと思う。  

 とはいえ、「物理学者」とは到底称することの出来ないずぶの素人にとっては、現在の物理学は太刀打ちの出来ない難解なものであるから、専門的考察はさておいて素人は素人に徹して素人的考察を進めてみたいと思うものである。
ところでニュートン以後の物理学は先に述べたようにニュートンの力学において扱われていなかった熱力学や電気磁気学の分野に進出し目覚しい成果をあげている。そこでニュートンからアインシュタインやシュレーディンガーに至るまでの間の、特に電気磁気学や熱力学の研究の歴史を考察しながら、そこから何らかの手掛かりを得たいと願うものである。

 電気の現象についての基本的な知識が得られたのは1600年頃である。それまでにも、ある種の鉱石が鉄を引くということは知られていたけれども、磁気や電気の科学的な扱いはガリレオやニュートンのはじめた科学的方法、すなわち自然について合理的な問題を立てて、その解答を実験に求めるというようになってから始まった。電気について物質は導体、不導体と二つに分類され、荷電の概念の量的な定義が行われた。実験結果によって見出された現象が電気流体説として仮定された〔ただし、一流体説と二流体説の争論は、正の電気は物質に付着し負の電気は自由に動き回るということが化学によって発見されるまで片付かなかった〕。電気の引力や斥力は帯電物質から投射線が発射して他の物体に圧力を加えることによって起こると考えられたが、その後ニュートンの重力論が成功してからは、遠方に直接到達する力という考え方も自然に受け取られるようになった。プリーストリやキャベンディシュが電気力の空間的な変化の法則を発見した。クーロンが間接的でなく、直接に測定することによって「クーロンの法則」を確かめ,静電気学は数学的に扱い得るようになった。ラプラース、ポアッソン、ガウス等が静電気学についてのポテンシャル理論を展開した。これは静電気の電気力の強さを導く一つの新しい量であって、ニュートン力学の方法になぞらえて考えられたものである。磁気の研究も静電気と同じような風に展開された。それら両者に多少の違いはあるものの、磁石についても「クーロンの法則」と同じ法則が成り立つ。「クーロンの法則」はこのようにニュートンの引力の法則と比べて空間的な依存性が全く同じである。磁気の数学的な理論も電気と並行して展開された。

 力学的対象と電気磁気現象と、その対象は異なるけれども、要するにニュートンの引力の法則があって初めて電気磁気現象に関する法則が見出されたのであった。そこには機械的対象と電気・磁気現象に何らの違いも考慮する必要は感じられず、単に新しい事実の発見があるだけであって、その事実の相互関係においては、ニュートンの引力法則を根拠にする限りにおいては必然的に結論を見つけ出すことが出来たと言えるものと思われる。電流や電流による磁気作用、電気誘導についても同様な考え方が出来るのではないかと思われる。この限りにおいては電気・磁気の研究者の研究成果は多とするものであり、その業績の卓越さは否定するものではないが、新しい相対性論や量子論またはその他ニュートン力学を根底から覆す理論の出現を示唆するような徴候を見出すことは難しいのではないかと思われる。

 ところで熱力学においても同様の事実が当てはまるのであるが、その前に、電気磁気学の研究においてニュートン力学以前の自然研究ではあまり意識されなかった重要な特質が見られるようになったことは無視できない。それは科学の実用への応用である。それまでの科学的研究は森羅万象に対する疑問の解明であり、その応用については全く関心がなかった。理由がどうであれ、ある現象が実用に役に立ちさえすればよかったのであり、科学的研究と実用的研究とは全く別の分野のものと見なされていたのである。ところが電気磁気の現象の解明に当たっては、それが直接実用に結びついていることが発見されたのである。従って科学的自然の解明がそのまま実用的価値の発見である、科学と技術は密接不可分のものである、という考え方が当然のようになってきた。それと同時に、科学と技術の再分離(専門化)が進み夫々が別々に研究を進められるようになるのである(応用科学という学問の分野が出来てくる)。このことはその後量子力学等の進展と共にその完全な解明はさておいても応用技術への適用がなされるとか、応用技術の進歩が純粋科学の進歩を促し、手助けし、且つ後押しをするというような状況を呈してくるようになるのである。このことはこの文の本筋から外れるので一先ずこれはこのくらいにして元に戻ると、それはマックスウェルやローレンツ、J.J.トムソン、ヘルツらによってその萌芽が感じられるのであるが、その点については稿を改めて次回に譲りたいと思う。(その前に次号は、熱力学についても概観して見よう。)