舞囃子・「白楽天」
                      ――1つの「奮戦記」序曲――

 

 

                                       人間科学専攻4期生 中川 真澄


 私の父は能楽(観世流)を本職としております。そのような環境で育ったために、私は今も年に2〜3回、舞台をふんでおります。(アマチュアでありますが……)このたび、G.W.に大阪で会がありました。その時の感想を書かせていただこうと思います。

 今回、私は、色々な刺激的で良い経験をしたということで、かなり興奮しております。

 いつも、本番の日の前にリハーサルのようなことをするのですが、このたびはそれが平日であるために、私はリハーサルに行くことができませんでした。私は茅ヶ崎市に在住し父と離れているので、このようなことがよくあります。そういう時は、父が私の代わりに舞って、その様子を、カセットテープなり、ヴィデオなどで撮っておいてくれるのです。

 会の前日に西宮の実家について、さっそくそのヴィデオをつけて見ました。


 予想通り、バックの囃子のテンポは、私が今まで家の稽古で使っていたものと比べて速かったのです。だれているところがない。ところが細かい部分では、覚えていたことと違う型や拍子などが6箇所ほど見つかりました。というのも、今回はお正月に父から稽古をつけてもらって以来のことでしたし、「白楽天」(今回の私の出し物)の舞囃子そのものが、大まかな感じで稽古をつけてもらったままだったからです。だから、ヴィデオを見たら、おやおやという部分がいくつもあって、これはちょっと大変かもしれないと、焦りました。

 「40分もかかるなんて大変だ!」

 申し合せ(リハーサル)では、そのヴィデオを録画していた母が、あまりにも長い舞なので、見ているほうも疲れるから、もっと短くしないと大変だ!なんて言い出したのです。

 実は、40分ではなく20分だったのです。私は、今まで家で稽古をしていたときのテープが、35分くらいのだったから、申し合せの方が少し速いテンポなのに、どうして40分かかったのかしらと、変に思ったのです。母は、ヴィデオの画面に出る、テープの残量の数字を見てしまったのです。おっちょこちょいでおかしいです……。

 実際に大変なゆっくりモードの舞(真之序の舞)です。まぁ稽古はちゃんと通してしているのだし、本番はそれほど長く舞わずにすっきり仕上げた方が完成度が高くなる。そのような気がしました。途中をカットする型にすることにしました。でも、そうなると……

 申し合せでも、カットする型で舞っていないし、これは、父の口の説明だけで、あとはぶっつけ本番になるから、これもかなり緊張する事態になってしまったのです。

 扇を強く持つことで震えさせないこと、自分の後姿を意識すること(世阿弥の言う「離見の見」という意識)、そしてどのように感情移入するかということ。この3点に、今回の目標を置いていました。初めのふたつについて、まぁまぁできたと思います。3つ目については、結果的にそうなればいい、という程度にしておきました。なぜなら住吉の神様(の役)なんて、あまりにも私と違いすぎますから……

 本番。4人の人が謡を謡ってくれるのですが、私にしてみれば、ベストメンバーだったのです。地頭は大槻文三先生(関西で活躍している方)で、後の3人はその門下の若手だから、とても気があっていて力強い。こんなベストメンバーにしてもらって、いいのかしら。それと、私にしてみれば、めったにないメンバーだから、ある意味では、舞い慣れていない。こんなことを思うと、私も、力が入りました……

 舞台に出る。予想通り、私の出番の前の、「采女」という能を見にいらした人たちが、ざわざわしていました。でもそのような中で、今回はしっかりとバックの囃子の笛を聞きながら、次はどういう動きで、どのようなことに注意をするか、ということに傾注しながら、舞えました。そうこうしていると、見所はとても静かになっていました。見所からも、緊張感がこちらに伝わってくる。そういうのは、面白い感じでした。

 バックの謡は最高にいいし、とても舞い易い。どこも間違えることなく、緊張感を緩めないように気をつけて舞い終えました。見てくださる人たちは、私が、父といつも離れていて、どうやって稽古をしているのか、が不思議のようです。

 「白楽天……プロ顔負けやわ〜」一番嬉しかったのは、能の写真ばかりをとっているプロのカメラマンの人が楽屋に来て、大阪弁でこう言ってくれたことです。

 でも、私は思います。本番に向けて、1〜2ヶ月前から稽古をしているとき、私は、その舞だけを稽古していればいいのです。プロはそうはいかない。お弟子さんを教えなければならないし、他の人の会のものも覚えなければならない。まぁ、これも、きっと慣れで できていくことでしょうし、何よりプロ意識のなせる技なのでしょうけれど……。今の私には、そこまでの余裕?はありません。(大学院の勉強がありますし、修論がひかえています……!)

 まぁ、そのようなわけで、今回、自分の舞が更に1ポイント上のランクまでいけたように思いました。ただ、これが自分の最高点になって、後はただ下降あるのみ、などとならないように心しないといけません。父もまた、次は今までよりも少し難しいものを教えてくれるでしょう。新たな挑戦になると思います。