ASEANのいろいろ

                 
                                                      

                             国際情報専攻4期生  神垣 幸志

                 

 サラリーマン生活を長くやっておりますと、偶に日常業務からかけ離れた、興味深い業務依頼を受けたりすることがあります。 そういえば、先日、X株式会社日本本社にYY産業省から、ASEANとのFTA締結に関して意見を聴きたいとの打診がありました。それを受けた日本本社より、私が勤務しておりますASEAN担当のシンガポール現地店に、「何かYY産業省とASEANに申しいれたいことがあれば述べよ。」との指示があり、上司を介して私にも意見陳述の機会が廻って参りました。そこで、普段の鬱憤を晴らす絶好の機会とばかりに、急いで纏めたのが添付しました「FTAに関して」と題する個人意見書です。まァ~、結局のところ、私の個人意見書はボツになったのですが、折角休みを半日つぶして書いた文書ですので、皆様には申し訳御座いませんが、ここで発表させていただきます。先ずはご一読ください。

I. FTAに関して

 「アジア域内における貿易取引の相互関係の実態に関する調査」『財務省委嘱調査』(株)富士通総研、2001年7月、pp1~32、によると、99年度電気機械の中間財相互取引は、ASEAN4カ国相互で23.8億ドル、それに対して最終財相互取引は、2.1億ドルと約11分の1となっている。又、日本とASEAN4カ国間の最終財相互取引額は、27.3億ドルとなっている。

 この数値や、調査書中の他の指標からもあきらかなように、AEAN4カ国における生産分業は、AFTAによる域内関税引き下げ効果もあり進んでいるが、主たる最終財の交易相手国はASEAN域外諸国となっている。2002年度の統計数値は入手できていないが、この傾向は大きくは変化していないと思われる。

 X社の戦略も同様であり、タイ、ベトナムで生産するBBB製品の多くを域外輸出し、その代わりにAA機、DD製造装置等の完成品をASEAN諸国に輸入販売する貿易構造を採用している。 これは、労働集約型生産の中国への一極集中によるリスク回避の意味と、人的資源の優位性を活用する為にASEANに生産拠点を設けているものであり、付加価値の高いAA機等のASEAN域内製造は、市場としてのASEANの魅力が相対的に乏しい現状では考え難く、これがX社の対中国市場戦略との大きな相違点となっている。

 X社シンガポール店では、ASEAN市場の相対的な魅力の乏しさ故に、域内向けの独自商品戦略の採用を困難とさせ、必然的にグローバルスタンダード商品の販売に力を注がねばならない構造となっている。 しかし、ASEAN各国の市場は、デジタルデバイド状態であり、全ての国及び地域で、X社のグローバルスタンダード商品を欧米市場的手法で販売することを困難としている。 結局、X社シンガポール店としての最良シナリオは、ASEANが生産拠点としてのみならず、市場としての魅力を取り戻し、日米欧多国籍企業による直接投資が再度活発となり、経済成長することとなる。 

 "市場としての魅力"は、AFTA加盟国による、関税引き下げ協定の完全なる履行と、日本国外務省が2002年10月16日に発表した"日本のFTA戦略"に則り、ASEANとのFTAを速やかに締結することが契機となると考える。例えば、マレーシアによる、自動車部品の関税率引き下げ拒否は、ASEAN最大の産業育成の目を自らつむものであるが、YY産業省と外務省によるFTA交渉時に、FTA締結を理由として、これらの一国繁栄主義の是正を働きかけれるのではないかと考える。
 
 更には、ASEAN諸国に蔓延する、不合理なインフォーマルルール、あるいは制度を指摘できる場ともなり、そしてそれらを、少しでも是正できれば市場の透明性が高まることも期待でき、透明性を重視する欧米企業のASEAN市場への取り組みも変化すると期待できる。透明性確保の為には、現行のe-Asean活動を、FTA協議の場におけるYY産業省の指導により拡充させ、それによって各国政府の情報公開度を高めるとともに、各種法整備を支援して、不合理なビジネス慣行が横行する余地を少しでも狭める努力が必要である。更には、マーケティング活動に必要な各種統計資料を入手可能にする為に、各国の税関業務の更なるIT化を推奨し、各国の輸出入統計が、詳細かつ定量的に把握できる市場とすることが重要である。

 上述した手法による、日本のASEANに対する影響力の増大と、それを契機とする海外直接投資(FDI)の増加を期待するが故に、 X社シンガポール店はFTA締結を支持する。 

II. その他

 長期的には、複合民族国家の集合体であるASEANが、民族及び宗教を対立軸としない、あるいは国家理念としない地域統合体に変化し、政治的安定性を維持するのが、経済発展には最も重要である。しかし、あまり多くを望めない現状を考慮すると、現実の中に芽生えた希望を強く支持していく必要がある。具体的には、複合民族宗教国家であるマレーシア連邦において、 ブミプトラ政策の傍ら、Bangsa Melayu 「マレーシア人」という国家統合理念が提唱されていることに注目する。マレー人、華人、インド人という国家を構成する民族に、対外的な国民意識を持たせようという活動であるが、同様の運動が、同じく複合民族国家である、インドネシアにも起こることを強く希望するし、日本国政府もそれを地域安定策として働きかける必要があると考える。 ASEANの大国である、インドネシアにおける民族対立は、えてして、それを利用して国家権力を獲得しようとする反主流派軍部によって民族騒乱にまで発展しているのは周知の事実である。これらを押さえる意味でも、民族融和策を日本政府は推進する必要があると考える。

 最後に、域内先進国であるシンガポールの、対ASEAN姿勢にも言及したい。 国家の将来は、海外への投資にあるとして、バンガロール、上海 あるいは東京汐留等に大規模な投資を行っているが、投資先としてASEAN域内を今以上に考える必要があるのではないか。「シンガポール人」を国家統合理念の前面に押し出していたシンガポール政府が、最近は中国ビジネスを意識して、華人としてのアイデンティティを活用するように国民に働きかけているように感じられる。想定される意図として、インド、中国そして日本を結ぶ、金融、物流、及び情報拠点の地位を確保しようとしているのであろうが、足元のASEANの安定と繁栄なくして、シンガポールの繁栄もないことを考えれば、ASEAN加盟国への更なる投資と、財政支援を行うべきだと考える。
                                   注意:
 
 本文中の、ASEAN諸国に蔓延する不合理な制度及び、インフォーマルルールは、企業間の噂話や、取引き先からの話しとして、色々な実例が、特にレントシーキング体質に関するものが多々あるが、確たる証拠がないので、ここでは記さない。

 以上ですが、皆様、愚論にお付き合い頂き誠に有り難う御座いました。


ところで、実は、これからがある意味で本題なのです。

 個人意見書の最後の注釈で、企業間の怪しげな噂話やASEAN社会のレントシーキング体質に関して触れましたが、今回は噂話を中心にお話してみたいと思っています。レントシーキングとなれば、理論的には経済的特権を得るために、民主体制を利用し、特定産業を規制によって競争から保護する行為によって引き起こされる社会費用を伴った富の移転とでも定義されてしまいます。ですから、それを、ここでお話したら、捜査関連記事のようになってしまい誰かに誣告罪(虚偽告訴の罪)で告発されるかもしれません。それは、ちょっと拙いので全てを話すのは止めておきます。 

では、怪しげな噂話その1:

 I国の、ある官庁が公開入札を行いました。G社のA氏は、応札のため、要求された膨大な資料を用意した上で、必要部数を複製して、真っ先に、その官庁に持参しました。受付担当者に提出したところ、これでは部数が足りません、あと10部複製して再提出して下さいと言われました。おかしいなと感じつつ、御上の言うことだからと諦めて必要部数を即再提出しました。翌々日、現地競合企業の様子を探るため、理由を設けて競合企業の支店長を訪ねたところ、彼が、A氏の力作である、見積書と企画書を机で読んでいるのに気がつきました。おもわず、カーァとなったA氏は、「それを、どこで手に入れた!」と叫んでしまいました。競合企業の支店長は、ゆっくりと答えました。「これは、官庁の受付で、xx$で購入したんだよ。君も、X社の見積もり資料が欲しいなら、受付で購入するといいよ。」と勧められました。

怪しげな噂話その2:

 シンガポールからM国に遊びに行くたびにM国の官憲と問題を起こす駐在員H氏 の話です。国境のイミグレーションでは、入国審査のためM国への入国カード、パスポート、シンガポールの長期滞在(就業)許可証を提出します。H氏は、ある日、遅い事務手続きに苛立ち、つい、ぞんざいな言葉を入国審査官に投げかけてしまいました。結局、その場では、何もなく無事に入国できたのですが、暫く、車を運転していたら、別れ際の入国審査官の笑い顔が妙に気になってきました。

 はっと気がついて車を路肩に止め、戻された書類を確認したところ、案の定、長期滞在(就業)許可証が見つかりません。急いでイミグレーションに戻り、先ほどの入国審査官に頭を下げて書類を捜してくれるよう頼んだところ、分かったとは言ってくれたのですが、忙しい振りをして中々探してくれません。ままよと思い、幾許かのお金をそっと手渡したところ、即、書類を見つけて返してくれました。それ以来、H氏は、M国との国境にあるイミグレーションを通過する度に、入国カード、パスポート、長期滞在許可証 そして 現金をパスポートに挟んで提出しています。又、H氏は、M国ではスピード違反容疑でいつも警察官に止められます。でも、H氏は、慌てません。イミグレーションで学んだ要領で、運転免許証を提示する際に現金を一緒に渡し、いつも事無きを得ています。H氏は、私に、「M国の連中なんて、そんなもんだよ。」と胸を張って教えてくれました。

 私が、この話を秘書のLee嬢にしたところ、「あの人は、たかられるタイプね。」「あの国のオフィサーは自分達と同じ人種は肌で分かるのよ。」と答えました。「それは、どういう意味?」と私が重ねて問いかけると、Lee嬢はちょっと困った様子を示して言い放ちました。「普段は、えらそうにしているけど、ちょっと自分より強そうな人に出会うと、急にぺこぺこする人間よ!」H氏の顔を思い浮かべた私は、この説明に妙に納得してしまいました。

 私が、怪しげな噂話を聞き込むのは、やはり酒の席でのことが多いように思えます。先日も、東マレーシア(ボルネオ島西部)は、サラワク州の州都クチン市で、取引先の華人と酒場で、くだを巻いていましたところ、彼が、色々自分の体験談をしてくれました。 人種民族を超越して、酒飲みの男どおしというのは便利なもので、先ず最初は、女性の話から、即、打ち解けあうことができます。例えば、この場合ですと:

華人:「あのカウンターに座っている、イバン人の可愛い子、どう思う?」「昔はな、彼女たちは、皆、 ロングハウスに住んでいて、俺たちのような、外人や旅人がくると、夜は習慣として接待してくれたんだぜ!」「だから、今でもイバン人の可愛い子ちゃんは、オープンなんだ!」「だから、勇気を出して声をかけてみないか?」と言った会話からスタートします。


 この時の与太話を通して、嘘か誠かは不明ながら、M国における民族政策の裏話や、官員の腐敗、汚職に関する実話などを、夜通し聞くことが出来ました。なかでも、とりわけ印象に残ったのは、I国における汚職のすさまじさです。ちょっと例を挙げますと、I国の人間は、公式証明書を持参するが、全て本物だから、その人間が嘘をついているのか、正直な人間かは、証明書では分からないというのがありました。つまり、どこかの大学の正規の学位記を持参して面接にくる人間が、本当にその学校を卒業したのかどうかは、分からないということです。

 こういう社会では、信用できる仲間を持つことが生き延びるためには重要であり、東南アジアの華人が、クアンシを重要視する理由が、中国固有文化というよりも、生きるための手段として必要であったことが良く分かります。

 随分と無駄話をしてしまいましたが、ASEAN諸国や人々の暮らしぶりに、日常的に接していますと、何か愛情のようなものが湧いてきます。また、勝手に、この地域の経済や将来を心配して考え込んでしまう時など、どうしたら、腐敗や利権体質が改善されるのであろうかと思って悩んでしまいます。でも、何も力にはなれません。しかし、せめて、彼らの生き方や、あり方を理解してあげたいと最近は考えています。 今回は、この辺で筆をおきますが、次回は、再度、インドか南アジアに関する、お話をさせて頂きたいと思います。

では、また。

シンガポールより