患者様から教わったこと


                                                      

                             人間科学専攻4期生   高橋 亮 

                   

 私は、大学病院の脳外科病棟に勤務する看護師です。つい先日、入院されている患者様から、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が書かれた「生きかた上手−対話篇−」という本を頂きました。この本は昨年120万部のミリオンセラーとなった「生きかた上手」の愛読者カードや手紙に、日野原先生が応えた対話版の形をとっているものです。

 私にこの本を手渡した患者様は脳腫瘍で入院されており、いわゆるガンの転移による再発の脳腫瘍で、もう手術では腫瘍を取り除くことができなく、放射線治療及び痛みのコントロール目的で入院されている方です。肺や骨にもガンが転移しており、麻薬を使って痛みのコントロールを図っていますが、夜中に痛みのため度々目を覚まされている状態でした。私が夜勤勤務時の朝4時頃に、この患者様は「眠れない」との訴えでナースステーションに来られました。私は患者様と誰もいない談話室に行き、1時間ほど話しをした時にこの本を頂きました。

 ガンについては告知済みで、この時は「最近の医者はガンだってはっきり言うもんだから、心の準備をする暇もなかったよ。今は痛みがつらい。つらいから誰かにあたったり、一人で唸っていたりしたけど看護婦さんは忙しいからね、あまり無理は言えない。」と語り始めました。そして最後に、「この本を読んで勉強しなさい。」と言って私にこの本を手渡しました。

 本の中の「他人のためにできること」という章の中で、『患者さんには薬ではなく、あなたの忙しい時間を点滴しなさいと、私はナースに言います。』と日野原先生は書かれていました。つまり、ナースはいつも忙しく時間に追われており、病室に入るなり点滴に目をやっている。そうではなく、真っ先に笑顔で患者様に声を掛け、体に触れ、ようやく点滴を調整するようになって欲しい。患者様にとっては点滴の薬より、心温まる配慮の方が生きる力であり、患者様を孤独にさせない配慮が求められているということを意味しています。

 しかし、私の勤務する病棟は常に満床状態であり、夜勤時は1人の看護師で24名の患者様を受け持ち、その中には生命の危うい状態の方も含まれています。この患者様と話していた1時間という時間は私の休憩時間を費やしたものであり、普段ですと患者様と話している間にナースコールや医療機器のアラームの音などで話しがさえぎられ、中断しなければならないことが多々あります。たとえ呼ばれなくても、隣の患者様の点滴や器械の数値が気になったり、他の患者様のオムツが気になったりしています。

 この本を読んで、私は時間を相手である1人の患者様のためだけに捧げてはいなかった、ということに気づきました。頂いた本についての感想や学びについて、患者様と話したいと思っても今はできません。なぜなら、この患者様の脳の腫瘍は広がり脳を圧迫して意識は低下、会話どころか食べることや思うように動くこともできなく、中心静脈点滴で栄養や水分を摂りベッド上で横になったままの状態であるからです。

 深夜の談話室で話したあの時にはもう戻れない。痛みや辛さ、孤独の想いを受け止め共感できたのに、と後悔の念が残ります。私は自分の勤務中に受け持ちの患者様が亡くなると、「自分に責任はなかったのか、もっと長く生きられたのでは」、などと自分を責めていました。今はさらに「もっとこの人のためだけに時間を捧げることはできなかったのか。」とも思うようになりました。このように考えられるようになったのは、この患者様との出会い、そしてこの本のおかげであると思います。

 昨日も、別の患者様がお亡くなりになりました。元気に病棟の廊下を歩かれていた姿が目に浮かびます。今日はまた別の患者様で、ガンが脳にいくつも転移して足から手、右半身へと麻痺が進み、性格やその人らしさも失われるでしょうと、医師が家族に病状の説明をする場に同席しました。

 患者様ご本人はもちろん、その家族、そして私たち医療者に残された時間は限りあるものです。日野原先生は『時間というのは、それが1分でも1時間でも、自分の寿命の一部です。その寿命を相手のために捧げ、ともに同じ時間を生きるのです。』と言っておられています。私も、たとえ1分でも私の時間をその患者様のためだけに捧げたいと思います。もう後悔はしないためだけでなく、人の死に直面する医療に携わる私の使命だと思います。