白鳥踊り随想

 

                    人間科学専攻4期生 吉田 邦子

   

              

 その日は朝からどんよりとした雲が垂れ込め、時折パラパラと小雨が降る空模様だった。高速バスが郡上に入る頃にはどしゃ降りの態を示していた。単身岐阜の郡上白鳥に乗り込んだのは去年の8月のことだった。これから徹夜盆踊りに参加しようという意気込みだったが、この雨では中止となるか・・・。旅籠の窓から恨みがましい気持ちでじっと空を睨む。岐阜県郡上郡とは北アルプス白山の麓に広がる一帯で、長良川上流の鮎の名産地である。5年前に父を亡くしたが、その父の出身地岐阜には盆踊りを徹夜で踊り明かそうという、とてつもない祭りがある事を生前聞かされていた。いつか一緒に行こうと話していたが、父はあっさりとあの世に旅立ってしまい、今回仕方なく単独参加の運びとなった。

 夕方雷まで鳴り出した雨だったが、どういう訳か6時頃には上がってしまい、7時からの開始までの時間、会場となる駅前通りまでぶらぶらと散歩に出てみた。何もない駅前の一本道に、囃子方が座る屋台がぽつんと止まっていた。灯籠が飾られ、微風に紙細工の吹流しが揺れている。嵐の前の静けさといった風情で、急に雨が上がった事で準備に慌てている様子は全くない。宿のお上さんの話では、前日の徹夜踊りは雨の中ずぶ濡れになりながら踊ったそうな。何しろ3日3晩の催しだから、晴れる日も降られる日もあって、観光客の運不運の明暗がはっきりと分かれることになる。私は幸運だったようだ。

 久し振りに着る浴衣に四苦八苦の末、どうにか見られるような身支度整えて、会場に乗り込んだ。宿のご主人がくれた白鳥踊りの団扇を帯にはさみ、土地っ子みたいな気持ちになってわくわくしながら参加した。会場では最前の駅前通りに、囃子方の屋台を取り囲むようにかなりの人たちが輪を作って踊っている。初めての土地、初めての曲、初めての振り、輪の中に入るには流石に勇気が必要だった。それでも思い切って、上手な人のすぐ横に割り込み、見よう見まねで踊っているうちに、何ともいえない楽しい気分になった。まず、曲のリズムが軽快であり、踊りの振りがリズミカルである。体内の身体リズムにぴたりと呼応してくるえもいわれぬ快感。囃子方と踊り手がその場で生のまま掛け合うリズムの応酬。踊り手が乗ってくると、囃子方も更に曲のリズムを上げてくるし、それに対して踊り手の熱気も盛り上がっていく。踊り手同士の連帯感も又不思議な感覚である。群舞とはこういう物だったのだとはっとする思いである。言葉を交わすことなくこれだけの数の人たちが場を共有することで、確かに1つのコミュニケーションが成立していた。ちなみに3日3晩の徹夜踊りの参加延べ人数は7万9千人で前年比10%増とのことである。

 喉の渇きを覚えて休憩したら、踊っている間は気づかなかったが、足の裏が鉄板のようになっていた。しかも鼻緒で足はすり切れていたのである。翌日早くからの予定がなければ夜明けの4時まで踊っていたいところだったが、ぐっと我慢して夜中の1時で引き上げた。来年もまたきっと参加しよう、そう心に誓い白鳥を後にした。