環境教育と地方公共団体の役割
人間科学専攻4期生 桜庭 望
はじめに 現在、環境問題は人類の直面している最大の課題となりつつある。この問題の解決のため、我々はどのような取り組みをしなくてはならないのか、地方公共団体が果たすべき役割と環境教育をめぐる状況について考察する。 1 現代社会の特質 人類の歴史を振り返ってみると、古代の人々の生活は、生物学的な食物連鎖の循環の中で成り立っていたと言える。狩猟民は、動物の骨や皮を加工し装飾品や衣服に変えた。農耕で暮らす人々は、自給自足による循環型農業を行ってきた。生物を起源とする廃棄物は、生態系のバランスの中で、次の生産への資源となっていた。現在も、世界のいくつかの国では、自然との調和を図って暮らす人々がいる。自然との共存を図りながら暮らすという理想的な生活が存在する一方で、人類は新しい国家や都市を形成し、新たな文明を次々と生み出してきた。「産業革命」は、社会生活や社会の仕組みを大きく変え、大量生産による生活必需品の流通市場を発達させ、現在の世界的な貿易関係と経済の仕組みを形成するに至っている。社会という集団の中で、もはや私たちの生活は、産業抜きには考えられない。 また、世界の人口は1999年には60億を越し、2050年には約90億に到達すると予測されている。人口の急増は、人間が生きていくために必要な水や食糧、エネルギーなどの需要増につながり、発展途上国を中心に資源の供給不足問題が深刻化している。 2 地球環境問題の発生 環境問題は、国境を越え、時代を越えた普遍的現象である。水質汚染、大気汚染、地盤沈下、ゴミ問題などは直接我々の生活に関わる問題であると同時に、地球全体の物質循環サイクルの中で考えていかなければならない。地球環境問題は、国際的にも最大の問題となっている。1972年、ストックホルムで開催された国連人間環境会議で、地球規模での環境問題が扱われて以来、様々な問題について議論や研究が進んでいる。オゾン層の破壊、地球温暖化、酸性雨、森林の減少、野生生物種の減少、砂漠化、海洋汚染、有害廃棄物など、地球規模による問題がこれだけ加速してきたのは、せいぜい過去30〜40年ほどのことにすぎない。 3 持続可能な社会のための包括的枠組み 大量生産・大量消費を社会システムの基盤としてきた20世紀の文明は、有限な地球の中においては持続不可能であることが明白になりつつある。科学技術の発達に基づいた進歩への信仰により、人間は物質的な豊かさを果てしなく追い続け、特に先進国においては有限な環境資源を搾取してきた。人類社会を将来にわたって持続可能にするためには、大量生産・大量消費とは異なる新しい社会を創らなければならない。その場合、あらゆる角度から問題にアプローチできるような包括的な枠組みを用意することが必要である。「環境」を法制度の中に位置づけ、経済と環境を両立させていかなければならない。これまでの価値観を改め、制度の変革と技術の革新を進めるとともに、環境倫理確立のために個人の価値観の転換を進める教育が必要とされる。 4 環境教育の重要性 地球規模の環境問題は、究極的には我々一人ひとりが豊かで快適な生活を送る中で、大量の資源やエネルギーを使い多量のゴミを出していることがその原因であり、我々一人ひとりが被害者であると同時に加害者になり得る。それゆえ、環境に対して確かな認識と責任ある態度、環境を保全するための実践的な行動力を身につけることが重要である。学校教育ばかりではなく、我々は生涯にわたって環境に対する学習を行っていかなければならない。行政組織は、環境に関する情報提供や学習の機会と学習の場を提供していくとともに、率先して環境問題に対応した取り組みを行っていく責任がある。 5 環境行政における環境教育の取り組み 平成11年に出された中央環境審議会答申「これからの環境教育・環境学習−持続可能な社会をめざして−」において、環境教育・環境学習は、持続可能な社会の実現を指向するものであるとし、これからの方向性として、環境教育・環境学習のすそ野の拡大、多様な学習の機会・場の継続的・段階的な提供、さらには実践活動の輪を広げるための人的あるいは情報に関するネットワークの形成が課題となり、こうした取組を体系的かつ計画的に推進していく必要があるとされる。 環境教育・環境学習の具体的な推進方策として、@推進の原動力として多彩な人材が育つ仕組みをA具体的行動に結びつくプログラムの整備をBネットワークで多様な情報をつなぐC実践的体験活動を行うことのできる場や機会を拡大するD環境教育・環境学習に関する各省庁間の連携強化をE国と地方公共団体の役割の分担と連携をFビジネスの視点から環境教育・環境学習の推進方策を探るG地域の多様性を尊重した国際協力の推進を、があげられている。 6 地方公共団体の環境教育への取り組み 地方公共団体においては、都道府県が策定する環境総合計画の中で環境教育・環境学習の推進が位置付けられている。市区町村においては、関連機関と連携した体制整備、地域に密着した環境学習講座の開催、地域の実態に即した環境教育を学校現場で行うことができるようにする副読本の作成、環境情報コーナーの設置、地域環境を知る様々な学習会の実施、「環境アドバイザー」のような人材の育成やボランティアの養成、身近な環境を整備する実践的な活動など、地域の環境や文化的歴史的伝統を踏まえて、生涯学習としての環境教育事業を展開している。 文部科学省・中央教育審議会平成14年7月の答申「青少年の奉仕活動・体験活動の推進方策等について」では、環境保全を図る活動として、リサイクル、募金、ナショナルトラスト、大気汚染調査、公園ボランティア、野鳥・森林の保護、道路、河川や港湾の清掃などの例があげられている。各教育委員会においても、地域の関係団体、関係行政機関等と連携しながら、こうした活動を進めるとともに、大人が率先して活動に取り組み、子どもたちが活動に参加しやすいような環境を作ることが必要である。 最後に 我々の生活基盤そのものが環境問題に結びついているという現状において、地方自治体が環境教育に果たす役割は重大なものがある。地域の実態に即した環境教育を進めるとともに、問題が地球規模であるだけに行政の枠を越えた発想が必要となる。有限な地球で生きる知恵として、「価値観の変換」は特に重要である。一人ひとりが取り組むべき課題があり、個人がどのような生活を営むかによって社会のあり方も違ってくる。地方自治体においては、「マンパワーの不足」「専門知識を有する人材の不足」「予算が不十分」などの課題を克服しながら、地域に密着した環境教育を一層進めていかなければならない。 |
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