語られざりし物語(2)

 C.S.ルイスの『ナル二ア国年代記物語』全七作にはいくつもの謎があり、語られていない物語を想像してみたくなる場面が多々あります。ここに私がみなさんに紹介する物語は、『<朝びらき丸>東の海へ』においてリーピチープはどのようにしてアスランの国に到達することになるのか、それを想像して創作した物語です。この物語がどのようにして私が入手し得たかについては皆さんのご想像におまかせいたします。 

Mr. Hope


文化情報専攻3期生 安田 保

エドマンド、ルーシー、ユースチスと別れたリーピチープは潮流にみちびかれスイレンの海を進みます。やがてスイレンの花がとぎれると彼の皮ばり船はゆっくりと緑の幕の方へとみちびかれていきました。その時、急に海面がもり上がったかと思うと、リーチピープは船もろとも水の中へ引きずりこまれました。 抵抗しようにも、なすすべがなく、どんどん海底へと引っ張られて行きました。どれくらい時間がたったでしょう、リーチピープは気を失っているのではなく、とても気分がよくなってきました。そして、不思議なことに自分は水の中で呼吸していることに気づきました。

陽の光はどこまでも強く、海中を明るく照らしだします。やがて、海底に辿り着くころにリーチピープはそこに居並ぶ海の人が目にはいりました。彼らは手に武器をもっているように見えました。今までのリーチピープならいちもくさんに剣をぬき、飛び込んでいったでしょうが、今はその剣もスイレンの海への残してきました。また騎士の精神は失ったわけではなく、もう戦うという思いが頭にうかびませんでした。

するとひとりの屈強な男が王様らしき人の前にリーチピープを案内しました。「手荒い方法で海底へおつれし、さぞかしおどろかれたことでしょう、申しわけありません。私はこの海の国をおさめます王です」。 王が言うには、数十年に一度誤って潮流にみちびかれ、この世の果てに近づく船があり、それらを正しい航路へ戻してやるのが彼らの仕事である。先日の<朝びらき丸>も東へ直進していたので静止を試みたが、とめることができなかった。幸いその日は干潮が船を先に進ませなかったが、そこからまだ小舟が東を目ざすとは思ってもみなかった。なにゆえそれほどまでに東を目ざす必要があるのかをリーチピープにたずねました。

リーチピープは答えました。「私はナルニア国のカスピアン王に仕える騎士リーチピープと申します。ゆくえ知れずだったナルニア貴族を見つけるために東の海を目ざしてきましたが、旅の目的を果たした今は、私に残された使命はこの世の果てをこの目で確かめることだけです。」

「恐ろしくはないのですか?」と王。

「私が戻らないことで、貴族にかかった眠りの魔法が解けるのです。もう引き返すことはできません。それに私は世界の果てに辿りつくために今まで生きてきたように感じるのです。私が幼いころ、木の乙女ドリアードがつぎのような歌を、くりかえし聞かせてくれました」。

空と海おちあうところ、

波かぐわしくなるところ、

夢うたがうな、リーピチープ、

もとめるものを見つけるのは、

ひんがしのいやはての国。

「この歌にどんな意味があるのか、わかりませんでしたが、この歌の魅力は、生涯胸に刻まれておりました。しかし、今この歌の意味するところがわかったような気がします。私はこれまで数々の戦いで功績をあげてまいりました。もの言うねずみ族の長として、騎士道精神にのっとり、名誉こそが最も大事であると信じてきました。しかし戦いを終えた今、私が命をかけてきたのはナルニア国、この世に平和をもたらすためであったと気づきました。私はこの世の肉体としての生涯を終えるかもしれませんが、私の魂はべつの世界でよみがえることでしょう。自分が生まれ変わることを確信していれば、なぜ恐れることがあるでしょう? 私のこの姿は肉にすぎず、かりの姿です。私の志しは永遠に引きつがれるのです。それをアスランは身をもってわれわれに教えてくれました。疑うことなく自分を信じていれば、願いはかなうのです」。

王は言いました。「さすがは、いやはての国へ向う使者としてナルニア国より選ばれし騎士です。立派な志を持っておられる。よろしければ聞かしていただきたいのですが、この世の果てはどのようになっていて、そこにはなにがあるとお考えでしょうか」

「私が想像しているこの世の果ては、大きな丸いテーブルのようになっていて、そこから海の水が、滝のようにそそぎ落ちている。その深さはこの世の滝をすべて集めたよりも何十倍も深く、底に辿りつくまでに私は気を失ってしまうことでしょう。そしてそこにはアスランの国があるのです」とリーチピープ。

王は続けてたずねます。「どうしてそこがアスランの国だと思うのですか? またアスランの国とはどういうところだと考えますか」。

「あの偉大なライオンが私たちのところに来るのは、いつも海の彼方、東からやって来ます。きっとそこにアスランの国があるのです。アスランの国ではあらゆる生き物がアスランの教えを守り、平等に平和に暮していることでしょう。作物は豊かに実り、そこには餓え、災害もなく、永遠の幸福が約束されているでしょう。」

「アスランの国に辿り着いたら、どうされるのですか?」 

「争いの無い国では、私の剣術も必要なく、きっと静かに暮すことでしょう」。 

王は言いました。「もしアスランがあなたに新たな使命をさずけ、まだ平穏な生活をおくることをゆるさなかったらどうされますか」 リーチピープ

「答はあきらかです。どうしてアスランの命にそむくことができましょう。私はアスランを心より信じております。私はアスランと共にあります。」

「あなたをこの世の果てへの使者と選んだことに間違いはなかった。」と国王は言い、その姿は偉大なるライオンアスランへと変わりました。

「リーチピープよ。よくここまでやってきた。私はいつもあなたと共におり、これからも離れることはないだろう。あなたが想像するアスランの国だが、アスランの国という土地は存在しないのだ。私が現れる場所すべてがアスランの国と呼ぶことはできるが。」

「では、この世の果てにはなにがあるのでございましょう?」 

「あなたが想像したようにこの世の果ては海の水が流れ落ちるようになっている。しかし、行き着く先はアスランの国でもなく、海底でもない。それは他国へのトンネルのようなものだ。ちょうどルーシーたちがナルニアに入る時に洋服ダンスに入ったように他国への通路となっている。」 

「では、他国へ旅だつことが私の使命なのでしょうか?」 

「私の助けを必要としている人々、生き物が数多く存在する。また多くの者たちは私の存在すら知らず、争いに明け暮れている。私は彼らを助けてやらなければならない。しかし私と志をともにし支えてくれる者が必要なのだ。リーチピープよ、私と共に旅にでるのだ。他国に現れた時に、あなたは今までの肉体、記憶を失っている。しかしその志はリーチピープのままである。私もその国では別の名前で呼ばれているが、われわれは出会い、また志を共にするであろう。」

リーチピープの乗った皮舟は波の幕の頂点に登りつめました。彼には恐れも迷いもありません。船首が下に向き落ち始めた瞬間、舟はまばゆい光に包まれ吸い込まれていきました。

どこかの国や地域で紛争が解決され平和が訪れた時は彼が活躍したのだと思って下さい。またどこかで彼に会えるかもしれません。しかし私たちは彼だけにその仕事をまかせているわけではありません。私たちもリーチピープになれるのです。私たちはいつもアスランに見守られていることを忘れないで下さい。