スウェーデン訪問記
人間科学専攻2期生・修了 西脇友紀 |
2002年初夏、スウェーデンを訪れる機会を得ました。スウェーデンは、福祉、環境、教育の国として名高い国だけに、期待を膨らませながら出発しました。
訪問の目的は仕事でしたので、1週間強の滞在期間のうち、観光できた時間はほんのわずかでした。そのため、スウェーデンを堪能したと言うことはできませんが、その際の雑感を記してみたいと思います。
スウェーデンと日本は、明らかに異文化の国です。気候も言葉も異なります。到着するなり白夜を体験し、英語(もちろん日本語も)表記のない案内板に戸惑い、拙い英語でのコミュニケーションが可能であることにほっとしながら、ホテルに着きました。
そこでまず違和感を覚えたのが、エレベータのボタンでした。「閉」ボタンがないのです。これは、スウェーデンで利用した全てのエレベータに共通していましたが、一般的なものではないかもしれません。また、日本でも同様のものがあるのかもしれません。ですが、その時、私はそこに、日本人、あるいは都会で生活をしている者特有の感覚があるのではないかと感じました。
日本では、皆、利用者の乗降直後に「閉」ボタンを押す、という動作が、自然な動作として身についているかと思います。ところが、そのボタンがないと、押すこともできないので、自動で閉まるまでの数秒間を皆で待つしかありません。その際、手持ちぶさたのような妙な感覚を覚えました。
普段、無意識に習慣となっていた動作でしたが、そこには、合理性を追求する現代社会の価値観が反映されているように感じます。常に時間に追われ、背中を丸めて都会の雑踏を足早に歩く人たちの姿が思い浮かびます。しかし、その動作によって短縮されるのは、ほんの数秒だけですから、その動作自体に実質的な意味は少ないはずです。そのことを理解しながらも、無駄な時間を省こうとせざるを得ない、常に何かに急かされている私達の生活の一面が表れているように感じました。
しかし、日本の友人にこのことを話したら、以前友人が利用していたビルのエレベータも同じく「閉」ボタンがなかったそうで、それは電力の省力化のためだったと聞きました。生活を楽しむ術に長けたスウェーデンでは、数秒を惜しむ必要はないからであると勝手に解釈していましたが、スウェーデンは環境先進国であり、「閉」ボタンを設置していないのは、省力化を図るためなのかもしれません。
また、スウェーデンは、環境先進国であると同時に、福祉先進国と評されることの多い国でもあります。
街の風景には、その一端をうかがわせるものがありました。
例えば、障害者福祉という点では、視覚障害者用音響信号機が目をひきました。
日本でも、信号が変わると、横断可能であることを音で知らせるシステムが導入されている場所がありますが、まだまだ一般的ではなく、ほんの一部にすぎません。しかしスウェーデンでは、少なくとも、私が目にした信号機には、必ず設置されていました。また、聴覚情報によって横断できるかどうかを知らせるという点では日本のものと共通していましたが、システムの側面に、車線の方向(車がどちらから走行してくるか)が、浮き出し図形によって示されていたのが、日本のものにはない特徴として印象に残りました。
また、街の風景の中で、印象深かったのは、ベビーカーでした。ベビーカーと視覚障害者用音響信号機については、出発前、中央大学父母連絡会機関誌『草のみどり』に書かれた青木信彦氏(「北の国から2001E ベビーカーは邪魔ですか?」、「同F 視覚障害者政策と盲導犬の存在」2001年5,6月号)の記事を読んでいたこともあり、非常に興味を持っていました。スウェーデンに留学していた青木氏は、日本とスウェーデンのベビーカーや視覚障害者政策について比較し、両国民の意識の違いに言及していました。
青木氏が指摘しているように、スウェーデンでは街の至るところで、ベビーカーが見られました。特筆すべきことは、スウェーデンでは、車いすと同様、ベビーカーを伴う歩行者も、移動を制限されない街づくりが徹底されていたことです。つまり、日本のように、ベビーカーの軽量化を進めるのではなく、エレベータやスロープの設置を徹底し、ベビーカーを持ち上げなくてもよいように街が整備されているのです。
障害をもつ者も、乳幼児を抱える者も、移動(外出)を制限されないように、社会システムが構築されていることを実感しました。もちろん、そのような社会システム構築の根底に、ノーマライゼージョンの理念(障害者と健常者を同じ機能を持つまでに回復させることがノーマルにすることではなく、障害を持ったままでも健常者と何ら遜色なく日常生活が送れるような生活環境や条件を整備することが社会的にノーマルであるという考え)があることは、言うまでもありません。
我が国でも、1993年には、ノーマライゼーションの思想に基づいた障害者基本法、翌年には、高齢者や身体障害者が円滑に利用できる特定建築物の促進に関する法律(ハートビル法)が制定されています。しかし残念ながら、現実的には、ハード面、ソフト面において、まだまだ解決しなくてはならないで問題が山積していることは明らかです。
今回の訪問では、その問題を解決していくための智恵を、スウェーデンの街の風景から学べたのではないかと思います。もちろん学んだからには、それを実現するための具体的な行動を、自分にできる部分から行っていく予定です。
次回のスウェーデン訪問はいつになるかわかりませんが、その時には、ノーマライゼーションの理念が浸透し、社会システムにも反映された日本から出発したいものです。
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