北京便り(3)





国際情報
専攻4期生
諏訪一幸


 11月8日から14日まで中国共産党第16回全国代表大会が、翌15日には第16期中央委員会第1回全体会議がそれぞれ開催され、党規約の修正と最高指導部の選出が行われました。今回の「便り」では、大会の政治的特徴及び「胡錦濤共産党」の政策見通しについて考えてみたいと思います。

1.政治報告と修正党規約――「3つの代表」で、私営企業主の入党に道
 まず、前回の「便り」でも触れた「3つの代表」論ですが、大方の予想通り、党の最高イデオロギーとして党規約に書き入れられました。曰く、「“3つの代表”という重要思想は、長期にわたって堅持しなければならない党の指導思想である」。権力掌握から既に53年。100年にわたる一党支配を視野に、中国共産党は「21世紀における、新たな物質文明、精神文明、そして大衆路線の道」を歩むことになったのです。あの「ケ小平理論」という文言ですら、党規約で言及されるようになったのは、本人死後のことです。自分の名を冠することにはなりませんでしたが、6,600万を上回る党員がこれから毎日、「重要思想」を口にすることになったのですから、提唱者である江沢民さんは大満足なはずです。
 次に、今回の党大会は私営企業主の入党に道を開く決定を行いました。修正党規約は、「わが党は終始、中国労働者階級の前衛であると同時に、中国人民及び中華民族の前衛である」と、いわゆる「2つの前衛論」に基づく位置づけを行ったのです。そして、いわばその当然の帰結として、(18歳以上の労働者、農民、軍人及び知識分子のみならず)「その他の社会階層中の先進分子」の入党、即ち、私営企業主をはじめとする「中国的特色を有する社会主義事業建設者」の入党が正式に認められることとなったのです。政治報告の中で、「私有財産の法的保護」や「合法的非労働収入保護」の方針が示されたことは、党が更なる現実路線(より正確には「現状追認」路線)を歩むことを明らかにしたものです。来春の全国人民代表大会(全人代)では、懸案の「私有財産保護法」が採択されることになるでしょう。なお、今回の修正で、前文にある「マルクス・レーニン主義は人類社会の歴史的発展の普遍的規律を明らかにした」との一文から「普遍」の文字が削除されましたが、これは、中国共産党が伝統的マルクス主義路線からはますます遠い存在となりつつあることを示しています。
 中国共産党のこのような変身を「国民政党」との表現で形容する傾向がありますが、私は賛成しません。何故なら、中国共産党は依然としてイデオロギー政党であり、「国民政党」ではそのようなイメージが出てこないからです。その点で参考になるのが、11月15日付『朝日新聞』で使われた「中華党」という表現です。「3つの代表」という独自のイデオロギーを導きに、「中華民族の偉大な復興」をうたい、経済建設に邁進する今の姿を形容するのにピッタリの表現だと思います。

2.人事――最高実力者は依然として江沢民
 最も注目されたのは総書記人事です。中国共産党の最高指導部には「70歳定年制度」があると言われています。しかし、これが文書として公表されていないため、「影響力保持を望む江沢民は総書記の座から降りないのではないか」との観測が新人事正式発表の直前まで流れ続けました。結局、総書記のバトンは、結果的にみると順調に、胡錦濤へと渡されました。憲法によって三選が禁止されているため、来春の全人代では国家主席の座も同様に明け渡される見込みです。但し、中央軍事委員会主席の座は江沢民によって保持されたままであり、江沢民の次に胡錦濤、という公式報道の格付けからも、江沢民が依然として最高実力者であることが確認できます。
 次に、実質的な最高指導部である政治局常務委員会人事ですが、15期の7名より2名多い9名から構成されることとなりました。15期のメンバー中、総書記に選出された胡錦濤以外は全員が退き、新たに8名が補充されたわけですが、その多くが江沢民に近いとされる人物(とりわけ呉邦国、賈慶林、曾慶紅、黄菊及び李長春)です。このことは、江沢民による中央軍事委員会主席ポスト保持とともに、政策上の一貫性を保証する上で重要なポイントだと考えられます。なお、新指導部メンバーの中には、建国以来最大規模の脱税事件に深く関与したとされる人物がいます。これは、10年以上にわたって安定と発展を実現させた江沢民の業績と中国共産党の歴史に汚点を残すものであり、党の最大課題の一つである汚職取締の正当性に疑問を投げかけ、その実効性を多少低下させるかも知れません。しかし、このような倫理的疑義は政策の継続性と余り関係のないことなのです。これも、「中国的特色」の一つと言えるでしょう。
 透明性が低いこともあり、人事に関しては不明な点も少なくありません。私個人としては、70歳をとうに越えた江沢民が軍事委員会主席に留任「しなければならなかった」理由、そして、それを許した中国共産党の政治力学や価値観などを、引き続き研究・分析していきたいと考えています。

3.今後の見通し――基調は安定と発展
 胡錦濤を最高指導者(現時点では「形式上の」最高指導者、としたほうがより正確かも知れません)に選んだ中国共産党は今後、どのような道を歩むのでしょうか。中国政治は改革開放政策の下、超法規的な「個人独裁」型指導体制から、規則や手続をより重視する「集団指導」体制へと移行しつつあります。また、中国の内外情勢は、指導者個人が政策上のフリーハンドを発揮できる余地をますます狭めつつあります。このような意味から、また、「3つの代表」論と上記の主要人事によって、大会で示された方針・政策は、良くも悪くも忠実に実施に移されるでしょう。胡錦濤さんとしては当然、早期に独自色を出し、指導力を発揮したいと考えるでしょうし、やがてそうなるのでしょうが、当面は難しいように思えます。
 経済第一路線を突き進む中国にとっては、国内の政治的安定確保が何よりも重要です。ただ、中国の未来は決してバラ色というわけではなく、国内の安定を脅かす要因も少なくありません。しかし、修正党規約は「ゆとりある社会(「小康社会」)の全面的建設」を新たな目標に掲げ、政治報告では2020年のGDPを2000年の4倍にするとの具体的目標も示されました。また、腐敗・汚職問題では、「腐敗を断固取り締まらなければ、執政党としての党の地位は危うくなり、党は自壊の道を歩むことになる」として、断固たる闘争が呼びかけられました。所得格差是正に関しても、「(都市と農村間に見られる)地域間格差の拡大傾向は未だ好転していない」との認識が示され、「理にかなった分配関係」実現がうたわれています。こうした認識が果たして適切な政策に反映されるかは今後の状況を見極めなければなりません。私がここで指摘したいのは、党は少なくとも、改革開放期における自己の唯一の正当性が経済発展、即ち、経済改革推進によって人々の生活を豊かにすることにある点、そして、大衆が如何なる不満を抱いているかといった点をある程度正確に「認識」している、ということなのです。
 解決を要するこれらの問題はいずれも、共産党の一党独裁体制そのものに直接繋がる問題です。従って、この制度が改められない限り、上記の課題が最終的、徹底的に解決されることはないでしょう。しかし、建国50余年の歴史、とりわけ改革開放期の実践を振り返った時、中国共産党は自ら描いた青写真を概ね実施に移し、しかも実現させてきたと私は理解しています。矛盾点を認識した上で、経済的恩恵(アメ)と党指導強化(ムチ)を使い分ける。つまり、共産党的表現を用いれば、「両者を弁証法的に統一させる」。価値観を抜きにして言うと、党の権威崩壊(一歩進んで、党そのものの崩壊)を避けるためにとられるこのような手法は、この国では依然として有効であるように思われます。経済が好調な現在の中国では、例えば「6・4」の記憶などは、遥か忘却の彼方へと追いやられてしまっているのです。
 中国の崩壊を期待するのは、いわれのない中国脅威論同様、非現実的なものです。20年後には現在の日本に匹敵する経済力を持とうという強い意志のある国と付き合っていくのだという現実を、私たちはしっかりと認識する必要があるのではないのでしょうか。



(写真説明。党大会終了を受け、市内には大会決議をしっかり学ぶよう呼びかけたポスターが至るところに掲示されています。上:団地敷地内の黒板に書かれた宣伝文。下:市内で見かけた宣伝ポスター)。

以上