厚生労働省のキャリア・コンサルタント
大量養成政策がスタート


人間科学専攻2期生・修了 笹沼正典

著者紹介:

Born:東京
Family:妻と2人だけ(昨年一人娘を嫁がせた)
Career:損保会社32年→人材サービス会社2年。うち、教育研修分野16年
Favorite:ミニシアター&美術館&Jazzだが、本学入学以来時間がないのが悩み。
Membership:日本産業カウンセリング学会、日本キャリアカウンセリング研究会など

1.政策の背景と意味

 ここに今、大変奇妙な逆説が生まれつつあるようだ。企業はその組織を構成する従業員とどのように向き合うべきか、即ち、企業における組織と個人の関わり方についての基本的な考え方において、日本の企業(特に伝統的な大企業)と役所(厚生労働省)との間に逆転現象が生じつつある、とうのが私の認識である。結論を言えば、この点ではいまや役所の方が革新的で、先験的であるといえる。
 企業の方は、例えば内橋克人が鋭く抉ったように「これまでの日本型企業社会は、企業の中で、個人はほとんど人格を持たず企業に献身する社会で、個人は自らを没し、我を忘れて奉仕することを求められた。こうした歪んだ「企業一元支配社会」を克服できぬまま、時代の流れに中で労働市場に流動化が進んでいるのが現在のサラリーマン社会だ。今ほど、働く人間が尊厳を奪われている時代はない。」(1)個人と組織との関わり方について先進的な考え方と取り組みを実践している企業もあるが、我国ではそれらはまだまだ極めて少ない。「企業一元支配社会」の本質を変革する力とはなりえていないと言える。
 他方、役所の方は、「職業生活が長期化する(2)一方、絶えざる技術革新の進展への対応(3)や労働移動が頻繁になる(4)など、労働者の職業生活が大きな変化に見舞われる中、個人主導によりキャリア形成を進めることが重要となってきています。このような背景の中、労働者一人一人のキャリア形成やその主体性を尊重した相談を行うコンサルタントの必要性が重視されています。」(5)に見ることができるように、軸足は「個人の支援」に置かれているといえる。(もう一つの足は、「キャリア形成促進助成金」制度により企業に置かれてはいるが、それは軸足ではないと考えられる。何故なら「助成金」の最終的受益者はあくまで企業を通じてキャリア形成の主体となるべき従業員個人だからである。)
 実は、労働者個人のキャリア形成に関する厚生労働省の政策決定への動きは、たかだか2000年「今後の職業能力開発のありかた研究会」報告(厚労省職業能力開発局)からのものであり、1年後には関連法令(雇用対策法、職業能力開発促進法)の改正が行われた。このように短期間での成案を急いだ背景には、前注(2)(3)(4)があると思われる。

 他方、私見によれば、企業側は現在でも基本的には経営目標達成のために都合が良い範囲で従業員個人のキャリア(その内実は、所属企業固有な知識・スキルの習得に留まる場合が多い)開発とキャリア管理を行っており、従業員の基本的な人権としての「キャリア権」の尊重、相互に対等であるべき「キャリア契約」の締結と維持、キャリアは組織に「埋め込まれて」いても「キャリアの主体」は個人であること、個人のキャリア形成に対する支援は重要な経営責任の一つであること、キャリアは役職などの「外的キャリア」よりも「仕事に関わって生きていく意味の追求を中核とする内的キャリア」が経営的にもより重要なこと、といったキャリアを巡る経営パラダイムの転換は遅々として進んでいないように思われる。私が敢えて官と民との間に官が民に先行し、民をリードするという奇妙な逆説が生まれつつあると述べた所以である。


2.政策の枠組み

(1)目標と目的
 政策の目標は、今年度から開始して5年間で5万人のキャリア・コンサルタントを養成し、企業に配置することである。この養成と配置により、各企業において従業員個人のキャリア形成支援の体制と各種施策が整備推進されることが当面の政策目的となる。
(2)政策内容
 キャリア・コンサルタント養成政策には3つの事業分野がある。一つは、公的セクター(雇用・能力開発機構)による養成講座の運営と資格試験の実施。二つは、主務大臣の認定に基づく民間セクター(6)による養成講座の運営と資格試験の実施。三つは、企業に対する助成金の支給事業。
 養成目標の分担から見れば、公的セクターが5千名(1500名)に対して、民間セクターは45千人(14500人)と全体の90%を担当する。そのためにも、民間が実施する資格試験に対して、役所が定める資格試験スペックに基づく審査と認定か行われ、民間機関は認定に基づく独自資格を合格者に付与することができるようにした。これも規制緩和である「お墨付き」制度の廃止・縮小の一環と言えよう。
 スケジュールとしては、公的セクターが早くも本年11月から養成講座をスタートさせたが、民間機関は本年度に認定申請を行い、おそらく早くても来年度下期から講座開講となるものと思われる。
 資格試験の中身であるが、厚生労働省が有識者の意見を集めて、@キャリア・コンサルタントの能力基準(試験の内容)、並びにAキャリア・コンサルタント資格試験の実施基準(試験のあり方)の、2つのスペックを作成し、ホームページ等で公開している。これにより、乱立気味のキャリア・コンサルテイングあるいはキャリア・カウンセリング関係の民間資格を整理しようという政策意図もあることは言うまでもない。

3.119日(土)アビリテイーガーデン見学記

 この日は、公的セクターとして雇用・能力開発機構が112日に先行的にスタートさせた「平成14年度キャリア・コンサルタント養成講座」の第2回開講日であった。筆者は、機会を与えられて、終日受講生と伴に講義を「見学」することができた。

 この講座の全体像としては、期間が315日までの5ヶ月間、講座構成コースが5コース(7)、開講日数が延18日(全て土曜日)、講義時間数が合計120時間、受講形態が講義と実習が半々、講義はアビリテイーガーデン(生涯職業能力開発促進センター、東京)からの衛星生放送が各都道府県の会場に配信、会場は雇用・能力開発機構が展開する各都道府県の職業能力開発大学校ないし職業能力開発促進センター、といった運営である。
 この日の講師は桐村晋次先生で、受講者はアビリテイーガーデン会場が28名、全国で386名(8)であった。受講者の約70%は、本政策が優先的対象者と位置づけている企業の人事・労務・能力開発・キャリア相談等担当者であり、残りが社労士、人事・経営系コンサルタント、各種公的機関の就職相談担当者、心理系カウンセラーなど、民間企業に所属しない人たちである。当然予想されたことだが、受講者の年齢層は50歳代が約40%、40歳台が約30%と高い。であればこそ、中高年を中心とする受講生が皆6時間にわたる長時間の衛星通信学習にきわめて熱心に取組んでいた姿は印象的であった。私には、それはおそらく、受講者が、単にこれからの企業社会におけるキャリア・コンサルタントの役割の重さを深く認識しているだけではなく、キャリア・コンサルタント活動を自らの生き方そのものとして把握しているからであろうと思われた。第1回資格試験は来年5月に実施が予定されているが、受講者全員の合格を祈りたいと思う。
 しかし、政策意図の実現という観点から言えば、課題はむしろ資格取得後にあるのであって、旧態依然たる歪んだ本質を抱え込んだままの日本的企業経営風土の中で、大量に養成された彼らキャリア・コンサルタントが果たしてどこまで実効ある個人支援を行いえるのか、が問われることになるであろう。 
 この日の講義に限って敢えて講義内容にコメントするならば、講義はテーマの幅広く適切な論点を取り上げた内容であったことは高く評価できるが、他方、前に述べたキャリアに関する経営パラダイムの変革の視点から見ると、経営におけるキャリア・マネジメントの変革に向けた方向性は曖昧なままであり、はっきり提示されることはなかったと言えるであろう。これは、今回の画期的なキャリア・コンサルタント養成政策の一つの限界なのかもしれないという思いが、私の脳裏をよぎったのである。                                  

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(1)毎日新聞021114日朝刊19面「サラリーマンと呼ばないで」

(2)筆者には、「年金支給年齢を引き上げるから」と読める。

(3)筆者には、「中高年社員はITスキルのレベルが低いから」と読める。

(4)筆者には、「中高年を中心にますます失業者が増加するから」と読める。

(5)雇用・能力開発機構作成「キャリア・コンサルタント養成講座のご案内」から。

(6)現在認定申請すると予想されている民間機関は、日本産業カウンセラー協会、リクルート、日本マンパワー、日本能率協会マネジメントセンター(人材開発協会)、社会経済生産性本部などである。

(7)講座構成コースは以下の通り。

構成コース

講 師

1.キャリア形成支援の社会的意義

桐村 晋次 古河物流椛樺k役 

2.これからの人事・労務管理の変化対応コース

梶原 豊 高千穂商科大学教授

3.キャリア形成支援の基礎的知識・スキルコース

木村 周 拓殖大学教授、
日本産業カウンセラー協会、他

4.キャリア形成支援の実践的スキルコース

木村 周 拓殖大学教授、
日本キャリアカウンセリング研究会、他

5.キャリア形成支援の効果的実施コース

桐村 晋次 古河物流椛樺k役

(8)この数字は概ね計画値に近いと判断できる。

(了)