チューリッヒから今日は!
―私の「スイスな生活」報告―(その1)






人間科学専攻4期生 山口裕子

 皆さんは、スイスをご存知ですか? 一般的には、永世中立国でチョコレートがおいしくて、きれいな山で有名な観光地、というイメージですが……実際そのとおりです(笑)。

 それでも実際、在住4年目ともなりますと、それ以外のこととかこの国に対する感想などが、生活体験を通じてでてきます。この電子マガジン誌上では、それらの体験を皆さんとシェアできたらと考えています。

 「しかしなぜ、スイスに住んでいるの?」と思われる方も多いと思います。自分でも時々そう思うくらいですが……答えは簡単で、仕事上の理由です。4年前、外資系コンサルティングファームに勤めていた当時、出張先のドイツで知り合ったチューリヒオフィスの人に、スイスでのプロジェクトに参加しないか、というお誘いを受けたのです。何事も深く考えない私は、軽く「いいよ」と言ってしまい、ついでに東京オフィスの私のボスも軽くOKを出してくれたので、お誘いから1ヵ月後にはスイスに行くことが決まってしまいました。

 最初は1プロジェクト、6ヶ月程度という約束での駐在だったので、旅行に毛が生えた程度の気分で引き受けたのですが……実際最初の6ヶ月は駐在員扱いだったので、何でも会社が手配してくれ、こちらは何も考えずにお客さん気分での楽しい(一応仕事ですが……)滞在になりました。

 スイスオフィスから移籍の申し出があったのは、そんなお気楽滞在の真只中でしたので、その時も何も考えずに「いいよ」と引き受けてしまいました。東京オフィスの私のボスも、前回同様軽くOKを出してくれたので、駐在6ヶ月目にして、日本オフィスからスイスオフィスへの正式移籍が決まりました。

 移籍といわれてピンと来る方はいらっしゃるでしょうか?駐在と違い、移籍は現地採用扱いを意味します。要するに、日本から借りてきたお客さんとしてではなく、ローカル社員として扱われるようになるわけです。当然、駐在員にあてられる待遇(駐在手当て、住居など)はなくなります。

 この辺の違いを今一よく把握せずに、お客さん気分のままOKしてしまった私ですが、駐在期限の終わりが近づくにつれ、その違いをひしひしと感じることになります。そしてここから、本当の意味での「スイスな生活」が始まるのです。

1.住居

 まずは、住居。住居無しでは人は生活できません。最初の6ヶ月は、会社が借りてくれていたアパートに住んでいましたが、立地条件があまり好きではなかったことと、どちらにしろ自分名義で借りなおす必要があったので、新たにチューリヒ市内で2部屋ほどのアパートを探すことにしました。

 物件を探す手段は、日本とスイスはさほど差はないと思います。不動産業者に直接コンタクトを取ったり、インターネットや広告などのメディアを通じて探したり……この程度ならば、スイスも同じで、似たような情報が手に入ります。

 格段に違うのは、不動産業者のサービスと、契約するまでのProcedureです。まずは不動産業者におけるサービスですが、日本でしたら、希望条件に該当するような空き物件をエージェントの方が何軒か探し出し、すぐにでも車で見せに連れて行ってくれますよね。スイスでは、そんな事はありえません。特にチューリヒは住宅不足という事情があるので、業者に電話をかけて「空き物件を探しているんですけれども」と言った時点で、「No, we don’t have any.」と即答されることも珍しくありません。希望条件に100%合わないまでも、こういう物件もありますよ、などという提案など、間違ってもしてくれません。12、3軒の不動産業者にあたりましたが、皆同様の対応でした。といっても、別に悪気があっての対応ではないのですけれども……空き物件、本当に少ないんですよね。

 不動産業者があまりあてにならないようだったので、広告での空き物件をあたってみることにしました。いい物件があったので、広告中にあった電話番号に連絡してみると、来週の月曜日の午後6時に来てくれ、とのこと。いわゆるオープンハウスというものだなと思い、指定された日時に行ってみると、開いたドアの内側には既に20組程度の人たちが来ています。一瞬パーティかと思ってしまいますが、それぞれ真剣な表情で、入り口においてある紙を取っては記入しているので、パーティと言うよりはお葬式?というような雰囲気です。私もならってその紙を取って見ると、Application Form (申し込み用紙)でした。

 これがもう一つの、日本との違い――契約までのProcedureです。1軒の空き物件に対し、通常1つのApplication Formを管理業者に提出しなければなりません。そしてこのApplication Form には、質問事項がぎっしりと、1枚ないし2枚に亘って書かれており、希望者は全ての質問に答える必要があります。質問内容は、用紙(業者)によって若干の違いはありますが、生年月日や月収、職業などの基本事項はもちろん、タバコは吸うか、ペットはいるか、どんな楽器を演奏するか、趣味は何か、現在のアパートの管理人さんの名前(現住居での評判を聞くため)……などなど、業者が知りたい全ての事柄がカバーされています。ドイツ語が得意でない私としては(チューリヒはドイツ語圏)、この用紙をうめるのも、一苦労でした。大抵は、周りの人が親切に手伝ってくれましたけれども……用紙が完成した時点で業者に送付し、後は業者の方がそれぞれの希望者を査定、選別し、後日該当者のみに連絡がくることになります。

 その査定/選別の基準ですが、これも日本とは少々違います。日本だと、通常収入が高い(安定している)=リスクが少ない、と判断されて、優遇されますよね。スイスではその逆で、収入が低い方が優遇されます。収入が高いなら、その物件よりも(値段が)高い所を借りられるだろう、と考えられるからです。だからわざと実際の収入よりも低い数字を記入する、なんて聞いたこともあります。私は独身者ですし、威張るほどの数字でもなかったので、そのまま正直に記入しました。実際、収入が低い方を優先させるというのは正しい、人道的なロジックだとも思います。でも、中々アパートが見つからない時に、オープンハウスに行って、老夫婦が来ていたりすると、あ〜、この人たちに優先権があるんだろうなあ、なんてちょっとがっかりしたりもしました。

 そんな中で幸運にも、とても気に入ったアパートに入れることになりました。立地条件はもちろん、管理業者の方も同じフロアの隣人も、フランス語圏出身の人達なので、フランス語畑出身の私としては、コミュニケーションが円滑に行えて嬉しい限りです。アパートを探し始めて、結局1ヵ月半ほどで物件が見つかったのですが、これはスイスの基準からすると大変早く、幸運なことのようです。でもさすがに、疲れました……。

 と、疲れる暇もなく、次は引越しの手続きです。といっても駐在先のアパートにある家具は全て会社のものなので、持ち運ぶものと言えば自分で借りていたピアノくらいのものです。それだけ運んで、後は家具屋さんで新しく家具を買って引越し先に運送してもらえばいいや、と考えていました。

 そんなのんきな状態でしたので、実際家具屋さんで「運送は行いません」と言われた時は、理解するのに3秒くらいかかりました。有料なら運送してもらえるの?と聞いても「一切行いません」とのこと。じゃあ皆、ベッドでもテーブルでもたんすでも、買ったら自分たちで持ち帰るってこと?!と聞くと、「That’s right.」と言うではありませんか。これにはびっくりしました。(ちなみにこれは3年程前の話で、今は有料で行うようになったと聞きました。)

 大型家具を運べるような車は持ち合わせていなかったので、どうしようかとこの時ばかりは悩みました。幸い、会社の秘書の方のお兄さんが、引越し業者だったのでその方に頼んで、日時指定でその家具屋さんまで来てもらい、買った家具を運送してもらうことにしました。私にしてみれば、これが唯一の解決策だったのですが、何故かこちらの人にその話をすると、「引越し業者に家具屋まで来てもらったの?」と目を丸くされます。(でなかったらどうすればよかったんだ……)

 と、まあ色々ありましたが、ようやくアパート探しから引越しまでが終了し、新しい住居での生活が始まりました。1999年の秋のことです.

 ここから、隣人や社会との交流、会社からの独立/起業、違う国での短期生活……など様々な体験、イベントがあるわけですが、それはまた次回の電子マガジンに投稿させていただきます。この原稿を書いている今現在(2002年8月末)は前期レポートの締め切りに追われていますので(笑)。また、何かスイスについて疑問に思うこと、知りたいことなどありましたら、是非お知らせください。皆さんからのフィードバックを楽しみにお待ちしています。

 (2002年8月、南仏・プロヴァンス地方にて)