北京便り(2)





国際情報
専攻4期生
諏訪一幸


 暦の上では夏も終わりましたが、今年の北京はいつになく暑い夏でした。40度を越えるという猛烈な暑さを記録した日もありました。しかも、例年になく雨が多かったため、不快指数は上がりっぱなしでした。

 ただ、私が関心をもってながめている中国政治に話題を換えると、今年の夏は未だ終わっていません。しかも、この暑さはもう暫く続きそうです。というのも、5年に一回召集される中国共産党の全国代表大会が開幕する11月8日までは、党内外で様々な駆け引きが展開されるだろうからです。今回の党大会(第16回党大会)でも従来同様、人事と党規約改正の行方が注目されています。

 ここでは党規約改正、とりわけ、江沢民総書記(国家主席と中央軍事委員会主席を兼任)自らが提起した「3つの代表」論に基づく「党の性質」変更問題について、若干解説させて頂きたいと思います。

 現在の党規約によると、「中国共産党は中国労働者階級の前衛隊である」と規定されています。この位置づけは1949年の建国以前から、ほぼ一貫して保持されてきたものです。

 しかし、70年代末に改革開放政策が導入されて間もなく25年。中国社会が大きな変化をとげた結果、現実はこの規定を形骸化してしまいました。改革の名で進められている国有企業の「整頓」によって、大量の一時解雇者や失業者が吐き出されています。農村部での潜在的失業者を含めると、その総数は1億5000万人前後いるのではないかとも言われています。私自身は、現時点ではあまり深刻視していませんが、デモや陳情が各地で散発的に発生しています。都市部では浮浪者や乞食の姿を目にすることも珍しくありません。

 こうした中、文革期には「資本主義のしっぽ」と呼ばれて徹底的に痛めつけられた自営業者や私営企業主(後者は従業員が8名以上)らの経済発展に対する貢献が無視できないものになってきました。例えば、私営企業セクターの生産高がGDPに占める比率は、0.4%(1989年)から10%(2000年)へと急速に拡大しています。逆に、工業総生産に占める国有企業のシェアは、10年間で56%(89年)から28%(99年)へと半減しているのです。にもかかわらず、彼らの政治的地位は未だ低いままです。ただ、国家の最大目標とされている経済発展を今後とも継続するためには、引き続き彼らに頼らざるを得ないのも、これまた現実。マルクス主義政党といえども、経済の牽引者に、それに相応しい政治的地位や待遇を与える必要性を感じるようになってきたとしても不思議ではありません。

 私は、21世紀を迎えるにあたり、以上に述べた社会状況を、より適切に中国共産党の「党としての性質」に反映しようとして提起されたのが「3つの代表」論なのだと考えています。

 「3つの代表」論は2000年2月、広東省視察中の江沢民総書記によって提起されたものです。中国共産党は「先進的生産力の発展要求」、「先進的文化の前進方向」及び「最も広範な人民大衆の根本的利益」という3要素を代表するというのが、その内容です。この公式定義、正直言って、何回読んでも分かりません。

 私なりに読み替えた「3つの代表」論とは次のようなものです。人々の生活を豊かにさせ(第一の代表)、その精神生活を向上させた(第二の代表)のは共産党である。こうした成果は、大衆路線という中国共産党の伝統路線に従って、人々の願望を正しく政策に反映させた(第三の代表)共産党の功績によるのだ。江沢民総書記は、こういうことを訴えたかったのではないのでしょうか。

 なお、「3つの代表」論は、「3つの有利」に象徴される生産力第一・唯一路線を強引に進めた故ケ小平氏の超克を目指したものでもあることを、併せて指摘しておきたいと思います。

 この、江沢民総書記を中心に進められている「3つの代表」論という大々的な「思想改造」運動ですが、実は、全党的、全国的レベルでは未だ完全に受け入れらたわけではないのです。とりわけ、「第三の代表」に対して疑問や批判が集中しています。「中国共産党が代表するのは労働者やその同盟者である農民であって、広範な大衆などではない。階級概念は一体どこにいったのだ?党はブルジョア政党に堕落するつもりなのか?」。農民革命で身を興した人々が違和感を覚え、脅威を覚えるのももっともなことです。党は、かつては打倒の対象だった人々をも代表しようとしているのですから。

 批判を一掃し、思想を統一するため、その後、全国各地で「3つの代表」教育運動が始まりました。江沢民総書記は同時に理論武装を進めました。その結果が昨年7月1日、中国共産党誕生80周年記念大会で行われたスピーチです。「7・1講話」と称されるこのスピーチにおいて、江沢民総書記は、「私営企業主などの社会階層に属する広大な人々も、中国の特色を有する社会主義事業の建設者である。我々は、党綱領・党規約を受け入れ、党路線と党綱領のため自覚的に奮闘し、長期にわたり経験を積み、党員条件に合致する優秀分子を党内に吸収しなければならない」と述べました。提起から約1年半を経て、私営企業主、即ち、捉え方によっては「資本家」の入党すら認めるという大胆な方針が示されたのです。9月の中国共産党第15期中央委員会第6回全体会議は、中央委員レベルで、この「7・1」講話に対し正式なお墨付きを与えました。そして、今年5月31日に行われたスピーチ(「5・31」講話)で、江沢民総書記は、「わが党が中国労働者階級の前衛であると同時に、中国人民と中華民族の前衛であることを保証しなければならない」と述べたのです。「3つの代表」論で党規約を改正したい(そして、可能なら引き続き権力を保持したい)という江沢民総書記の思惑がかなりはっきりしてきました。ただ、「5・31」講話には、私営企業主の入党問題への言及どころか、「私営企業主」の一言すらありません。「3つの代表」論に対する党内の疑念が未だ払拭されていないことが窺えます。

 新たな党規約の採択は、「6・4」天安門事件で誕生した江沢民政権13年の総括でもあります。その改正振り、そして改正と密接な関係をもつ人事の行方に、人々の注目が集まっています。

                         (2002年8月末日脱稿)

<写真の説明>

 北京の「星巴克」(スターバックス)では、月餅も売っています(写真は勿論コーヒー味)