処遇技法としての静座法について

                                  那須 義定

 序

 現在少年院で行われている主な処遇技法には次のようなものがある。

 

       治療的カウンセリング

       行動療法

       自律訓練

       内省

       内観療法

       箱庭療法

       キネジ療法

       サイコドラマ

       ロールレタリング(役割交換書簡法)

       SST(社会適応訓練)

 少年院においては,これらの処遇技法(方法)をそれぞれの少年の教育上の必要性,あるいは指導の対象人員に応じて実施している。小生は法務教官30年の経験を踏まえ,以上の処遇技法とともに,かねてから少年の処遇上有益ではないかと考えていた一つの技法について若干の考察を試みてみたい。

 

少年が更生するのに必要なものは,つまるところところ「考える力」であると思う。ある意味では哲学を持つことであると思う。はじめに当院在院者の一つの事例を分析してみたい。

T少年の事例

 事件名 傷害致死・暴力行為等

 この少年は,家族の中では孤独感を強く感じて育っていた。両親は少年の気持ちをくみ取ることができず,少年の指導にも厳しさを欠いたようである。

 小心で自信に乏しく,周囲への依存傾向が顕著であった。自分の主張が通らないと,不満やひがみを抱きやすいというところがあった。また,周囲の評価に敏感で,劣等感が強く,弱さを見られまいと背伸びをして大胆な行動に走るおそれのある少年であった。

 小生は,この少年の出院準備教育期の個別担任であった。この少年の新入時教育・中間期教育を担当した職員からの引継ぎは次のようなものであった。

 新入時は,少年院の生活,教育活動に理解を示し,指導にも素直に反応した。自分自身を見つめ直し,自己の問題点を改善していこうとする姿勢も認められた。

 中間期教育での特記事項としては,課業や係活動には積極的で,意欲的な態度で取り組んでいたことが挙げられる。犯罪被害者が著した本を読むなどして,被害者の遺族の心の痛みを理解しようと努めてもいた。

 出院後の生活設計は,以前勤めていた仕事に復職し,仕事中心の生活を送り,自分の力で被害者への賠償をしていくことを決意していたという。帰住地については,自宅に戻ると地域の不良者からの接触が予想されるため,出院後しばらくは地元を離れ,雇い主の元で生活することを決めたという。

 T少年の出院準備教育期で特筆すべき事項は次のことである。

 T少年は,本気で変わろうと更生の決意を固めたようである。

 新潟少年学院では毎週,水曜日に教誨師さんに交替で来院していただき約1時間程度講話をしていただいている。

 その講話の前後に生徒で座禅を行うことが多い。以前は,これを座禅指導と呼んでいたが,現在ではめい想指導と呼んでいる。

 T少年は,このめい想指導での教誨師の話に感銘し,剣道特訓生として毎日けいこの前後に座禅を経験していたこともあり,余暇時間に自主的に座禅を行うようになった。これはT少年が自分自身の問題点をじっくりと考える良い機会となり,「考える力」も養われたようだ。

 そして,自分から変わろうと決意したのである。それは,現在の自分が本来の自分でないと気付いた時であり,自覚の第一歩である。大きな前進である。

 非行少年の更生は,この自覚と自ら変わろうと決意することが絶対必要となる。

 自分から変わろうとする少年のエネルギーは目を見張るものがある。少年院のあらゆる

 

教育活動に精力的に取り組むようになる。

 少年の可塑性を前提とした少年法の精神は,このような矯正教育がなされて,はじめて意味のあるものとなるのである。

 教育とはより良い人間となるための向上を目指す終わりのない営みである。矯正教育は正に教育の原点ということができる。

 T少年は,仮退院式では,自分には帰らぬ被害者がいるので,一生かけて罪の償いをしていきますと涙を流しながら決意を述べていた。

 先に,非行少年の更生には,現在の自分が本来の自分でないと自覚することと,自ら変わろうと決意することが絶対必要であると述べた。

 それには,現在の弱い自分と対決し,それに打ち勝てる本来の強い自分がなければならない。自分自身との対決に打ち勝たなければならない。この本来の自分を鍛錬する方法が必要となってくる。東洋の知恵は,その方法をつかんでいた。古代インドで発達したといわれる静座がそれである。自己鍛錬法である静座は宗教ではない。

このめい想指導を体験した少年の手記が,新潟少年学院の学院通信に紹介されている。

 「めい想を通して,腹のすわった人間になれるよう努力しています。今後も本来の自分のあるべき姿を追求していきます。」(「悠久の丘」第128号 2000年5月号)

 T君が出院して,記憶が薄れたころ,T君から新潟少年学院に便りが届いた。その内容は,学院通信「悠久の丘」に,「出院生からの便り(要旨)」として紹介されている。

 

 「出院生からのアドバイスみたいになりますが,少年院という場所に入っていることを恥と思わぬ限り,単純に良くならないと思います。あとは,先生方と在院生との関係ですが,例えば,在院生の心の中にまだ不良という気持があれば(ある人からすれば)先生方は皆,敵に見えると思います。だから,なるべく,先生と生徒のコミュ二ケーションを多く取った方がいいと思います。まずは先生に対する信頼を築かせ,そこからは,ちょっとアドバイスをしてあげさえすれば良い方向に行くのではないかと思います。本当に,結局最後は本人の意志だけです。あとは先生方におまかせします。応援しています。偉そうなことを書いてすみません。また手紙を書きます。 (悠久の丘 第134号,2000年11月号)」

 平成13年のある日,新潟少年学院に入院する少年を迎えに行ったのであるが,帰りの電車の中で次のような話を聞いた。

 この少年は,新潟少年学院出身の友達の話をした。それは偶然にもT君のことであった。T君と同じ会社で仕事をしていたとのこと,T君は,すごくまじめに一生懸命に仕事をしていたと言っていた。

 

最初,T君と付き合っていた時は,いろいろとアドバイスを受けて普通の生活がでいていたそうであるが,T君と離れてから非行に走ってしまった。この少年は,あのままT君と付き合っていれば少年院に入ることもなかったのにと悔やんでいたのである。

 小生は,T君が努力して活躍していることを聞き嬉しく思った。

T少年が成功できたのは,自ら変わろうと決意したことにあるが,その決意をさらに強固なものとして持続させることができたのは,自主的に座禅を行うことにより,「考える力」を養い本来の自己を鍛練したこともその一つの要因として考えられるのではないだろうか。

 小生は自己鍛錬法である静座と自分の頭で考える「考える力」とを結び付けて静座法と呼ぶことにしているが,静かに座り,じっくりと自分の頭で考え自己を知る方法は,処遇技法としても応用できるのではないだろうか。

 静座法を少年院の日課や処遇計画に具体的にどのように組み入れたら良いだろうか?

 毎日,夕方30分程度時間を決めて静かに座らせる。場所は各寮の居室,畳の部屋がよい。居室は一人一畳の広さが確保されている。姿勢は安座で楽な姿勢がよい。

 新入時教育の段階では静座中に非行の反省をさせる。非行の反省を日記に記入し文章にまとめさせる。

 中間期教育の段階では,静座中に努力目標や課題・自己の問題点や悩みについて考えさせる。考えたことを日記に記入し文章にまとめさせる。

 出院準備期においては,静座中に出院後の生活設計について,家族との関係,不良交友の断絶について考えさせる。考えたことを日記に記入し文章にまとめさせる。

 少年自身で考えたいテーマがある時には,それを考えさせる。

 週一回程度,担任教官が面接指導する。

 静座法の論理的な説明を求める少年には,「西田哲学」と久松真一の「覚の哲学」を教えたら良い。

 静座法の主な効果として次のようなことがあげられると考える。

       心が落ち着いて素直になる。

       自分を大切にするようになり,自信が付いてくる。

       他の人のことを思いやり,気を配れるようになる。

       先生のことを信頼し,指導を受け入れられるようになる。

       対人関係がスムーズになる。

       嘘を付いたり,見栄をはる必要がなくなる。

       自己の問題を直視でき,解決しようとする姿勢が前向きになる。

 この静かに座り自分の頭で考える静座法は少年院だけでなく,自己鍛錬の方法として学校や家庭でも十分に活用できるものである。

 この論文の最初に,少年が更生するのに必要なものは,つまるところ「考える力」であると述べたが,静座法は「考える力」も養うことができると思われる。

 小生は,いつも少年院の生徒にこういって励ましている。

 日本の社会に貢献できる人となれるのは,非行から立ち直り更生することに成功した暁の君たちであると。

 なぜなら,彼らは洞察力・想像力を持ち胆力も兼ね備えていると思えるからだ。

 

 後書

 非行少年を一人更生させるということは大変なことである。非行少年を更生させるにはどうしたらよいか?この問いに対する答えの一部が日本古来の伝統文化の中にも見えてくる。この答えは日本が世界に誇れるものである。世界に向けて発信すべきものであると思う。