「Patrick Lee Abortion and Unborn Human Life,
The Catholic University of America Press, 1997.」


Patrick Lee著(キャソリック・ユニヴァーシティ・オヴ・アメリカ出版局 1997年発行 2,835円+税)

 言葉≠熈タイトル≠焜hキッとするような本を取り上げて申し訳ありません。

 『妊娠中絶と生まれてこない人間的生命(胎児の人間的生命)』――このような本を私が取り上げたいと思うのは、ほかでもありません。「胎児条項と正義の公正的配分」に関する問題が、この大学院での私の研究テーマだからです。そして、どなたにもこの問題を真剣に考えて頂きたいからです。英文の文献を検索していたら、この本にめぐり合い、辞書を駆使しながら苦労してここまでたどり着きました。

 中絶に関しては擁護論と反対論があります。この本の著者であるパトリック・リー教授〔Franciscan University of Steubenvilleprofessor of philosophy〕の立場は明白です。教授は中絶反対派(=生命擁護派)の立場に立って議論を展開します。

 「罪のない人〔人格〕を意図的に殺すことは、常に道徳的に誤っている。妊娠中絶は、罪のない人〔人格〕を意図的に殺すことである。それゆえ、妊娠中絶は、常に道徳的に誤っている。」

 この3段論法で示される、素朴で単純明快な中絶反対論を、緻密な「哲学的」議論によって、ステップを追いながら論証していくのが本書の意図であるようです。序論で、次の原則6か条が論証されます。

  1. 人間の〔妊娠第7週までの〕胚児や〔妊娠第8週以降、妊娠3ヶ月以降の〕胎児は、着床完了時以降、明確な個体となる。
  2. 胚児や胎児は、人間の種を構成する典型的な遺伝構造を持つことから、着床前から人間の胚児ないし胎児である。
  3. 人間の胚児や胎児は、着床完了時以降、一個の完璧な人間存在である。
  4. 全体的な人間存在は、すべて人格である。
  5. 罪のない人格を意図的に殺すことは誤りである。
  6. 人間の胚児や胎児を意図的に殺すことは誤っている。

 以上の原則に従って、本文では、第1章「生まれていない人間存在〔胎児〕は誕生後に人格となるのか」、第2章「生まれていない人間存在〔胎児〕は懐胎期間に人格となるのか」、第3章「個体的・個性的な人間存在はいつ存在するようになるのか」、第4章「妊娠中絶は意図せざる殺害として正当化されるか」、そして第5章「結果論的論証」の論点にわたって、突っ込んだ議論が展開されます。

 そこでの議論は単に医学のレヴェルにとどまらず、法律学・法哲学、生命倫理・道徳哲学、さらには「神学」の領域にまで至るのはやむをえないことでしょう。それだけに、議論をフォローするには骨が折れます。反面、著者の立場や結論に同意するかどうかを抜きにして、中絶の擁護論・反対論双方に十分な目配りをしながら、堅実な議論を展開していく論証の手続き、様々な論点を整理したうえでの問題提起の仕方には、十分学ぶべきものがあるように思います。

 そればかりではありません。「妊娠中絶は、単に女性だけの道徳的問題ではない。ほとんどの妊娠中絶には、なんらかの男性が……その選択に関わっている。」この問題は、性別に関わりなく、およそこの世に生を享けてきた私たちにとって、無関心ではいられない問題であるはずです。どなたにも真剣に考えて頂きたい問題です。

人間科学専攻3期生 吉澤千登勢