「世界標準規格の誕生」


佐藤正明著『映像メディアの世紀』日経BP社1999年11月2日発行1,900円+

<本書を取り上げた理由>

 本書に記録されているドラマティックなエピソードは、NHKの人気番組プロジェクトXにおいて「窓際族が世界規格を作った」〜VHS・執念の逆転劇〜として、2000年4月4日に放映され、1年後には過去最も反響の大きかった番組として、再放送された。また、東映により「陽はまた昇る」として映画化され、本年6月の全国公開が決定している。

 VHSという家庭用VTRの世界標準規格が、当時国内第8位の家電メーカーであったビクターから誕生したことは、大きな驚きであった。また、VHSが世界標準規格として成長する過程においては、国内のみならず、米国、欧州の家電メーカーとのグループ化が必須であった。同社を中心としたグループ化の流れは、海外との協力交渉が不得意とされる日本において注目に値する。

 日本の産業界が自信を失い迷走を続けている現在だからこそ、このエピソードを再検証する価値があると考え、3年前に出版された本書を敢えて取り上げさせていただくことにした。

<本題>

 さて、みなさんは、ビデオレンタル店やCDショップで、自分の手にしたビデオの規格に注意を払うことがあるだろうか?また、録画仕損なったお気に入りのテレビドラマの録画ビデオを友人から借りる時に、そのビデオテープの規格を一々確認することがあるだろうか?確かに遠い記憶の中には、そんな時代もあった気がする。しかし、現在ではそのような不便を感じる必要はなくなった。それは、本書にある通り、VHSという規格が家庭用VTR(=ビデオ)の世界標準規格となったからである。しかし、VHSは最初から世界標準規格であったわけではない、後に「ビデオ10年戦争」としてVHSと雌雄を争うベータマックスは既に存在していたし、他にも数種のビデオ規格が世界中に乱立していたのである。一般工業製品の世界で、世界標準規格が誕生する背景には、複数の企業の激烈な覇権争いが展開されている。そのような業界の中で、何故、ビクターが提唱したVHS規格が、世界標準規格の地位を得ることが出来たのか?それこそが、本書の最大のテーマであり、また、最大の興味である。

 ミスターVHSこと、元ビクター副社長の故高野鎮雄氏は、自社の利益のみにとらわれず、広く業界各社に技術を開示し、「会社が潰れてもVHS規格を守り抜いて見せます。」との信念を貫いた。彼の、技術者、経営者としての崇高な理念と卓越した人間力の存在が、VHSを世界標準規格の座につけることが出来たと、本書では結論している。更に高野氏の真摯な姿勢に共感と共鳴を覚え、彼を支えることになった人々の熱い思いも重要な要因であったと指摘している。通常、このようなテーマの著述は、「ドラマチックな人物成功伝」に終始してしまう傾向がある。しかし本書の場合、著者である佐藤氏が日経の記者であったという資質も手伝って、全世界の家電メーカーそれぞれの、企業経営事情や企業文化を背景とした意志決定の推移なども冷静な視点で描かれており、興味深い内容となっている。また、本書はVHSの成功要因を「録画時間の規格統一」「互換性の堅持」「娯楽性とメディア性の両立」としているが、これは今後の新しいメディアを評価する上でも指針となり得る内容である。


<まとめ>

本書は、VHSという工業規格を巡る動きを取り上げているため、多少技術的な内容も見られる。従って純粋な文化系の方には読みづらい点もあるかもしれない。しかし、日本が生んだ世界標準規格の貴重な証言として、今後さらに進むであろう企業間協業の参考書として、是非本書を読まれることをお勧めする。

国際情報専攻4期生 安藤 岳