「修士論文は新たな出発点!」



人間科学
専攻
高橋 勝



T.テーマと科目選択

私の修士論文のテーマは「地域に根ざした総合学習の創造をめざしてー総合学習の実践的検討―」です。テーマを決めるにあたって、自分の仕事の中に課題を見つけ出し、理論化する方向を選びました。現職の教員である私にとって実践をもとにして理論化し、更に実践を積み重ねていくことが課題だと考えたからです。サブタイトルに実践的検討としたのもそのためです。この方向は受験時から決まっていたので受講科目も関連科目プラス興味のある科目ということで、必修の社会哲学特講をはじめ、教育思想史特講、生涯学習論特講、学習心理学特講、イギリス思想史特講、社会心理学特講を選びました。いずれの科目・課題も知的興奮を覚えるようなものばかりで多忙な中にも学ぶ喜びを日々味わうことができました。具体的な執筆にあたっては、総合学習の思想史的な系譜をたどる上では教育思想史特講のJ・デユーイの思想(「学校と社会」岩波書店および講談社)は「総合学習」の端緒となっただけではなく、今日的な問題を解明する上でも有効でしたし、各科目での学習は労働、平和、人権などの問題を深く捉えるためにも有効でした。「地域」にこだわるのは私自身の生き方にかかわることなので、特に実践的・理論的に把握しておきたいと考えました。そのためには生涯教育論特講はもちろん、テキストとして、「学習:秘められた宝〔ユネスコ21世紀教育国際委員会報告書〕」(ぎょうせい)や、「World Studies」(KKめこん1991年)が有効でした。

2.年表作成や研究会参加による実践の整理

実践の歴史的な記録をたどるのには「資料日本教育実践史1〜5」(三省堂1979年)が役立ちました。このような先行的な実践や理論を調べ記録しながら、自分自身の実践を整理するために「授業実践年表」を作成し、子どもたちとの交流を思い出しながら関連する項目を選定していきました。私の場合にはさまざま研究会で発表した授業実践に関わる冊子やプリント類を読み直し整理をしました。また、テーマに関わる分野はリアルタイムで進められている実践だけにそれらを把握するためには各種教育研究会にも出席するとともに、インターネット上での公開実践を把握することに努めました。その中では、全国到達度評価研究会の学力問題からの総合学習批判は理論化する上で参考になりましたし、国立教育政策研究所の資料は全国的な研究実践の趨勢を把握するうえで有効でした。

3.研究は土日と夏期・冬期休暇

普段は帰宅後、学級通信作成や、明日の授業の準備に追われるので研究は土日しかできませんでした。土日になるとこれらの資料を整理し、7月頃までにはほぼ用意が終わり、本格的に文章化したのは学校が夏休みに入ってからでした。仕事がら夏休みがありましたので、67時間ぐらいパソコンに向かう日が続きました。実際に書くにあたっては夏期合宿で「内容を絞ること、論点を明確にすること。」などについて担当の先生〔杉村・北野両先生〕のご指導をいただきました。もちろん同じゼミ仲間の研究の進め方や意気込みが大いに刺激になったことは言うまでもありません。何しろ8月の合宿の時点でほぼ出来上がっていた人もいたのですから否応なしに燃えざるを得ませんでした。上記のほか特に参考になったテキストは「人間科学研究法ハンドブック」〔ナカニシヤ出版〕でした。多様な研究法の紹介と論文のまとめ方などは具体的で活用できるものでした。

4.論文をまとめるにあたって難しかった点

論文をまとめるにあたって難しかった点の一つは、自分の実践を客観化することでした。ともすればその実践をした時点での思いや子どもたちとも交流が頭を過ぎりがちなので、いくつかの観点をもとにできるだけ客観的に見るようにしたつもりです。二つ目の難点は、絞ると言うことでした。私の場合には、総合学習についてですが、どうしても教育政策全般との関わりやその問題点に触れざるを得ない面が多くあるのですが、手を広げては焦点が曖昧になると指摘されてからは、広げたい誘惑にのらずにサブテーマの「実践的検討」という面に絞りました。また、文章表現上注意したことは、むやみにカタカナ語を使わないようにし、できるだけ平易な日本語を使うと言うことでした。これはふだん子どもや父母に向かって文を書くときにも注意していることです。

5.修士論文作成は、ひとつの新しい出発点

修士論文作成は、ひとつの新しい出発点です。教師になったときから教育実践を大事にしながらも、「20坪に安住するな」と教えられ、地域の教育条件をよりよくする実践にも関わってきて、今このような学校教育と地域にかかわる論文を書くに至り、新たな課題が提示された思いです。学校の転換点にあたり、地域とともに歩む「開かれた学校」にするための教師間の課題、管理職への働きかけなど実践的な課題は山積しています。また過去のささやかな遺産を食いつぶすだけの実践〔経験主義〕ではなく、地域の先達についての研究を更に深めていく決意です。そういう意味では、私にとって修士論文作成は終点ではなく、実践的・理論的な研究の新たな出発点にもなっています。最後になりましたが2年間にわたりご指導賜わりました先生方に厚くお礼申し上げます。

*追記:修士論文奮闘記と言うことで経験を中心に書きました。社会人の場合には、仕事と家族があり、その中で悩むことが多いのではないでしょうか。私の場合には、職場は学校で長期休暇があること、子どもが成人であり、妻が理解してくれていたので幸いでした。仕事も家族も両立させたうえでの研究をするためには、計画的な生活により健康が何より求められます。これからチャレンジされるみなさんの検討をお祈りいたします。