「論文悪戦記メモ」


人間科学
専攻
笹沼正典



(第一の戦い)

 社会人であるが故の、時間と気持ちのゆとりを勝ち取る戦いがある。話は一昨年の12月に始まる。私は出向先のB社社長に「生半な気持ちでは修士論文は取組めない。ついては、修士論文を仕上げるために、修士課程2年目を迎える来年4月から1カ年間休職をしたい。それが無理であれば3月末をもって退職でも結構である」と申し入れた。私にとって、これはキャリアの節目における大きな決断であった。34年間勤続したA社(出向元)の人事サイドとの遣り取りの末、結局私は一端A社を退職し、改めてB社に再雇用してもらうこととなったのだが、その時の雇用契約は次のような前例のないものである。<週のうち、出社日は2日のみ、SOHO(といっても自宅のこと)勤務が2日、残り1日はフリーとする。> 即ち、経済的損失を代償として、より重要な価値を有すると判断された時間を購ったのである。

 かくして私は、新しい2足の草鞋の体勢を作ることが出来たことによって、修士論文を仕上げるための最大の障害を現実的に取り除くことが出来るであろうと確信したのである。

(第二の戦い)

 文系の出の私にとって、統計の理論と手法ほど縁遠い領域はない。ところが、論文のテーマは中高年キャリアに関する“実証的”アプローチを謳っている。データを収集し、因子分析や相関分析を施し、統計的結果を解釈しなければならない。私は、手がかりを求めてあちこちと彷徨うことになる。先ず、因子分析に関するWeb情報を漁る。Web上で知った幾つかの無料ソフトを試してみるが失敗する。統計関係の本を数冊買い込む。では、Excelによる多変量解析はどうか。これも上手くいかない。厚かましく、先輩研究者のアドバイスを求める。結局、こうした回り道をして、SPSSに辿り付いた。統計処理の試行錯誤の旅は、論文の完成間際まで続くことになる。

 私は、大学院当局に、修士課程1年目の選択的な基礎研修コースとして、是非「基礎統計の理論と手法」を開講していただくことをお願いしたい。

(第三の戦い)

 寧ろ修士課程2年目に入ってからが、計画した通りには進捗していない論文作成作業の道筋が一向に見えてこない不安や自分に対する懐疑との戦いとなる。そこには、必要な文献が入手できない苛立ち、論文の構成が揺らいでくる動揺、未完成で時間切れになることへの恐怖なども沸沸と沸いてくる。今回の私は、幾人かの先輩研究者の研究室をお尋ねしたり、e-mailの交換でご教授を願ったりしたことによって、論文とその作成の道筋が見えてきた喜びを味わうことが出来た。これを可能としたのは、私が予め先行研究者についての情報あるいは人脈をある程度もっていたからである。後続の皆さんには、望むべくは論文計画の段階でこの点の見通しを検討しておくことの重要性を強調したいと思う。

(かくして)

 昨年4月末の実父の死や8月末のぎっくり腰(今も治療中)に見舞われながらも、辛うじて修士論文が成立しえたのは、これらの3つの戦線における悪戦苦闘の結果であると言ってよい。最大の支援者は、妻であったことは言うまでもない。(了)