「第一回講演会 時事問題を語る会『紛争解決の視点』を聴講して」







国際情報専攻
 立石佳代

「時事問題を語る会」では、昨年1215日に第一回講演会を開催しました。ゲストスピカーは検事総長 原田明夫先生、演題は「紛争解決への視点」。講演の内容はすでにディスカッション・ルームでご案内しましたので、ここでは、紛争解決の視点として「世界紛争の深層」と「紛争解決手段としての交渉」の2つをとりあげて論じます。

1.世界紛争の深層   

 世界のあらゆるところで、紛争や解決すべき問題が生じています。アラブ世界では、第二次大戦後、4回の中東戦争、レバノン内戦、イラン・イラク戦争、イエメン内戦、湾岸危機など戦時にあった期間は平和時を上回っています。半世紀以上にわたって続いているイスラエル・パレスチナ紛争は、91年の中東和平会議、オスロ合意、パレスチナ暫定政府樹立までの流れをつくったものの、2000年9月以降抗争は再び激化し、和平の望みは薄れています。アラブ世界の抗争では、弱者側が時として衝撃的な手段に訴えかけます。

エルサエムやヨルダン川西岸などで起きている衝突がアラブ世界全体を象徴し、外資をも遠ざけてきました。86年の原油価格暴落以来、石油収入が大幅に低下し、現在、サウジアラビアはじめ中東産油国の経済水準は急降下しています。サウジアラビアの一人あたりの国内総生産(GDP)は、80年代初頭には世界トップレベルの1万5千ドル近くに達していましたが、今や7千ドル前後となり、韓国より下でブラジルの上といったレベルです。官庁と石油産業以外には雇用機会は乏しく、実質失業率は20%を超えています。中東産油国の経済水準の降下とは逆に豊かさを増してきたのが、中国、ASEAN、東欧などです。欧米や日本などの企業が生産拠点を移転し、雇用機会を生み、さらに、インフラ整備と産業集積が次の投資を誘発、自由貿易協定や国内法の整備が先進国企業の投資を呼び込む好循環を生んでいます。

 グローバリズムの象徴ともいえる世界貿易機構(WTO)に、中国の加盟が注目されました。しかし、サウジアラビアがWTOに加盟を果たせないでいることは問題にすらなっていません。ここでもグローバリズムに取り残されたアラブ世界の閉塞感がみられます。

 世界は急速にグローバル化が進んでいます。2001年ノーベル経済学賞を受けた米コロンビア大学ジョセフ・スティグリッツ教授は、「経済のグローバル化による貧富の差の拡がり」を研究しています。90年代初め、ブラジルはIMFの援助を受けました。IMFは援助をするかわりに、「規制緩和」、「公営企業の民営化」、「財政赤字の削減」などの条件を提示。ブラジルはIMFのこの条件と援助を受け入れることで、7年間で20%以上の経済成長を果たしました。ところが、市場の開放は内外の自由な競争を生み、国内の多くの弱小企業は倒産し、失業者が増大しました。さらに、財政削減で貧困層への福祉までもが切り捨てられました。こうした市場原理主義にまかせる政策により、98年以降、深刻な不況に陥っています。

ジョセフ・スティグリッツ教授は、「発展途上国での市場原理主義は実現しない。発展途上国の声を聞くべきであり、グローバル化の利点と雇用の創出、バランスのとれた政策が必要」と言います。

グローバル化の波から取り残された人々の貧困の問題を、世界はこれまで放置してきました。世界の絶対的貧困者(1日1ドル以下の生活者)は、1987年に12億人、2000年に15億人となり、2015年には19億人に拡がるという予測が出ています(世界銀行による)。

多くの紛争やテロの背景に、「貧困と不平等」いう問題があるといえます。今、国際社会では、「貧困と不平等」をなくそうと協調し、さらに、安心できる社会を実現しようとしています。そこには、日本にしかできない国際貢献があり、日本の役割に期待されています。日本に何ができるかを「時事問題を語る会」のメンバーと一緒に考えてみたいと思っています。

2.紛争解決手段としての交渉

これまで、主に国と国との関係は武力によって左右されていました。なかには、武力的には小国でありながら、巧みなかけひきによって、各国をうまく泳ぎ回った例もありますが、人類が集団生活をはじめて以来、相手のことが気に入らなければ、有無を言わせず武力に訴えかけてきました。それは、各国の栄枯盛衰の歴史を見れば一目瞭然です。

しかし近年になり、力の論理の空しさに懲りた国は、武力ではなく外交による同意という方式に依存するようになってきました。つまり、「物理的な力」の時代から「かけひきの論理」への転換です。

かけひきとは、利害の一致しない相手にかけあい、有利な条件や結論を引き出すこと。この「かけひき」の問題と行動原理を、科学的思考方法という体系のなかで解きほぐし、普遍化にしたのが、コンピュータの原理を考えたハンガリー出身の数学者ジョン・L・フォン・ノイマンとオーストリア生まれの経済学者オスカー・モルゲンシュテルンです。『ゲームの理論と経済活動』という著書のなかで発表しています。トランプのポーカーを「ゲームの理論」の発想の根拠にしたものです。ポーカーというゲームでは、確率としては小さいが最良の手をつくるカードを引き当てることの偶然性と、各プレーヤーのかけひきという2つの、しかも不完全な情報を取り扱うことになります。そこでノイマンたちは、かけひきの戦略の一つして、意図とは別な手を織りまぜる「ランダム戦略」を立てました。この「ランダム戦略」は、現実の政治・軍事戦略にも利用されています。

かけひきを有利に進めるためには、こうした「ゲームの理論」だけではなく、そこで扱う情報についても一般的な「常識としての原理」、相手とのかけひきに必要な「予測の方法論」、入手した「情報の分析のやり方」、そして、どのようにしてその場で最適な手を思いつくかといった「アイデア開発のしくみ」を研究することも必要になってきます。

私達の生活のあらゆる局面において、利害ないし願望が対立する当事者の間に、様々な紛争、解決すべき問題が生じます。司法制度や第三者による解決の先例が、紛争・問題解決の一種の客観的基準とはなりますが、多く場合は、当事者間の交渉によって解決されることが期待され、現実にもそうなっています。紛争や解決すべき問題のほとんどは、話し合いやかけひきなどによって交渉することで解決していくことになります。

交渉は人間同士によって進められる以上、互いの人間性が問われる場でもあります。いくら論理的に勝っても、交渉が成立する保証はありません。交渉に臨むには、次のような姿勢・態度が求められます。

@     執拗さと粘り

交渉は決裂しては何もなりません。決してあきらめないという気持ちが何よりも大切です。一見もう無理だという状況でこそ、成立に向けてのアイデアや行動が湧き出ることがあります。

A     責任をとる覚悟 

交渉に臨むには、自分に決定の権限のあることを印象づけることが大事です。交渉は結果を勝ち取るために行われます。従って、必要な条件については、妥協したり曲げたりしないことが原則となります。しかし、最初に提示した条件をいっさい変更しないというのでは、交渉は成り立ちません。そのため、互いの条件が明確になった時点で、どの程度まで妥協できるかを検討することが必要です。ときには持ち帰って検討する時間的余裕がないこともあり、自分自身の判断で合意を余儀なくされる場合があります。こうしたときには、事後の承諾を取りつける責任が生じます。交渉成立の責任と、条件変更の責任をともにもつことが、交渉につく人の条件であるともいえます。

A     誠意と誠実 

渉は互いに誠実に実行することが大前提で行われるものです。相手に嘘をついたり、陥れようとすることは交渉とはいえません。かりに不利な点を突かれたとしても、事実は事実として認め、他のメリットを強調することに転じる姿勢が信頼感を生むことになります。

 米国には交渉のプロが存在します。米国映画に『交渉人』という映画がありますが、こうした映画からプロの交渉人の存在を知ります。映画『交渉人』の宣伝文句は、「IQ180のかけひきを演じるのは、サミュエル・L・ジャクソンとケビン・スペイシー。実力ある個性派の競演でスリリングな頭脳戦が繰り広げられるサスペンスの巨編」です。今どきの派手なアクションはないのですが、魅力的な人間像で交渉人を演じる俳優の演技に引き込まれ、この映画から優れた交渉術をみることができます。

米国ハーバード大学の交渉学研究所を中心とした研究機関では、新しいタイプの交渉の諸原則について研究しています。

「米国のロースクールやビジネススクールで教育を受けて経験を積んだ人々の中に、日本人の目から見ても、ケタはずれに度量があって、ふところの広い交渉者もまた多い。この人たちは、当事者間の良好な関係の確立維持という観点からでなく、それぞれの立場を離れて、問題自体を鋭く分析し、双方の利害を的確に把握した上で、幅広い想像力を駆使して、対立の調和点を求め、解決点を単純な綱引きとせず、当事者がお互いに協力し得る諸方策を考え出してこれを一つの包括案(パッケージ)の形にまとめ上げる努力をする。このような原則をもった交渉者がポーカーの極意を身につけた人であった場合、これは誠に手強い相手であるが、半面これほど信用できかつ安心できる交渉相手はいない。こちらも同じ原則に立つならば、相手方は対立するのではなく、問題解決という共通の目標を目指す者となり得る。典型的な日本式交渉方法との相違点は、当事者の人間関係の確立維持は結果として生じることは当然としても、必ずしもこれを手段ないし前提としないから、そのための時間的ロスを省くことは可能であり、また交渉が万一失敗しても、協同した努力が不幸にして実らなかったというだけで、一般的な関係悪化につながらない(注1)。」

こうした交渉の諸原則を、複雑化する社会にあって、何らかの形で紛争・問題の解決に関与する人にとって共通の出発点とする価値のあるものと考え、研究していくことが求められるでしょう。

検事総長 原田明夫先生のご講演を聴講できる機会はめったに得られるものではありません。これも、顧問 乾一宇教授のご尽力と感謝いたします。

「時事問題を語る会」では、これからも講演会や勉強会を開催していきます。ディスカッション・ルームなどでご案内していきます。ご興味のある方、ご参加ください。

参考:

(注1) 原田明夫「対決と交渉の論理」『J&R 法務大臣官房司法法制調査部季報No.48』p5

 唐津一『かけひきの科学−情報をいかに使うか』、PHP新書、1999年第1版12刷

 日本経済新聞「アラブ諸国に閉塞感」、2001年9月22日11版

 NHK報道番組「NHKスペシャル-世界はどこへ向かうのか・新たな秩序への模索」

2002年1月1日21:0022:30放送