「貧困の克服」


アマルティア・セン著 大石りら訳集英社新書2002年1月22日発行640円+税

  昨年9月11日に米国で同時多発テロが発生した。テロ発生の背景には自由競争の結果としての貧富の格差がある。1998年にノーベル経済学賞を受賞したインド出身のアマルティア・センは、貧困を低所得の状態としてとらえるアプローチを見直し、「潜在能力」の観点から、貧困とは、生活水準が低い状態ではなく、経済手段の不足により、生活を向上させることのできる能力・可能性が与えられていない状態であるとしている。

 本書は、1997年から2000年にかけて行われたセンの四つの講演をまとめたものである。それぞれ、経済、政治、哲学、公共政策というそれぞれ異なるテーマが扱われている。センは、これら異なる問題相互の結びつきを理解することを日本の読者に期待しており、それが「ささやかな望み」であると述べている。訳者によって書かれた「人と思想」では、センが経済学を志すきっかけとなった生い立ちが紹介され、センがいかに研究分野を広げてきたのかを時間を追って説明している。

 センは、民主主義には普遍的価値があるとして、民主主義の出現が20世紀最大の発展であるとしている。そして、民主主義と人間の安全保障とのあいだには根本的な結びつきがあり、民主主義形態政府と比較的自由なメディアが存在する国々では大飢饉と呼べる事態は起こったことがないことを各講演で述べている。

 訳者は、センの思想的世界を知ることは、発展、自由、平等、貧困という現代民主主義にとっての根源的な問いについて考えるチャンスであり、本書をきっかけとして、より多くの読者にセンの人権思想に関心を持って欲しいと述べている。同時多発テロ後の処理はまだ終わっていない。より多くの方々に読んで欲しい本である。初めてセンの本を読む方には、「人と思想」から読むことをお勧めしたい。

国際情報専攻 内山幹子