「インターネット訴訟2000」


岡村久道編著ソフトバンクパブリッシング2000年7月1日発行2,400円(税別)

 2001年の1年間に全国の警察が摘発したコンピュータ利用「ハイテク犯罪」810件の内、インターネットを利用した犯罪が712件にも達し、統計を取り始めた1995年以降で過去最高となったと、産経新聞が報じている。[1]

特に、インターネットオークションに絡んだ詐欺が、前年の2.4倍に当たる182件摘発された。これは、インターネット取引の匿名性と非対面販売方式を利用して、古物商が無許可営業する場合や、オークションに盗品を出品して売買するケース、代金を受け取りながら品物を届けない詐欺事件が多発したことが原因であると警察庁は分析している。[2]

 本書では、頻発するインターネット紛争の危機にどう備えるのか、出揃い始めたサイバー関係の法律を“知らなかった”では、当事者としては許されなくなった現状を解説し、実際に発生したインターネット紛争などを素材に分かりやすく説明しているが、時代背景を受けて技術革新のテンポが早まり、現行の法制度ではカバーできない紛争の処理をどうするかが喫緊の課題であることを示している。

デジタル知的財産権については、典型的なケースとして、ドメイン名の割り当てが申請順であることから、有名企業の社名や商標を無関係な第三者が先に登録してしまった場合の紛争事例として、「ニフティ対サイバースクワッター顛末記」[3]が事情を良く表している。ドメイン名の商売は、少ないコストで当たれば大きく儲かると信じていた向きには、当て外れの結果に終わったと述べており、裁判所の判断が興味深い。

電子商取引については、企業・消費者間インターネット通販が活発化している中で消費者からのクレーム内容には、@商品未着、A身に覚えのない請求、B粗悪品・違う商品、C雲隠れなどがある。これらを取り締まる立場の経済産業省としては、「訪問販売法」所定の表示義務が遵守されているかどうかを調査し、その後の改善状況を再調査した結果、Web全体の三割が表示義務違反であったと述べている。また、インターネットを使った企業広告、特に、「スパム」については、望まれもしない電子メールを利用して一方的に送りつける方法論に有害性があるとして、問題視されるに至った経緯を次のように述べている。従来からの郵送によるダイレクトメールであれば、受け手はゴミ箱へ捨てれば済むから費用はかからない。送信者側は印刷代と郵送料などの諸費用の負担があるので、大量送信しようとしても経済的な歯止めがかかる。また、Webを利用した広告であれば、好まない消費者は見なければ良いことから、「スパム」とは本質的な違いがある。しかも、「スパム」の被害者は消費者であるユーザ自身である。ユーザは受信後に内容チェック、削除の手間のほかに、電話代や課金を負担させられてしまうし、その上、ユーザのメールボックスが容量オーバーとなって必要なメールの受信不能状態をもたらすことがあるので不満が高まったと説明している。景品につられてネット上のアンケートに応募していると、相手によっては自分のメールアドレスが売買されて「スパム」に悪用される危険があると警告している。また、ネット通販の決済方法として自分のクレジットカード番号を知らせる際には一定の注意深さが必要であるとも指摘している。

オンラインプライバシーについては、1998年1月、さくら銀行の顧客データ約2万件が持ち出され名簿業者に売却された事件、1998年2月、プロバイダ「ポンポンンネット」が不正アクセスを受けて会員一覧データが漏洩し、インターネット上に掲載された事件、1999年5月、宇治市の住民基本台帳データ約21万件が名簿業者に売却され、これを業者がインターネット上で販売する事件などが発覚した。モルタル企業(リアル世界)の店舗で商品を現金購入してもユーザ履歴は残らないが、クリック企業(バーチャル世界)で買い物をすれば、購入履歴がデータとして残る。代金決済時やWeb会員登録時、懸賞付きアンケート調査時などの個人情報がデータベース化されれば、個々の思想傾向・嗜好・趣味・学歴・病歴などが結合されて、ピンポイント・マーケティング情報としての利用価値を生む可能性を示唆しており、就職や結婚問題にも波及しかねない危険性を孕んでいる。

セキュリティとリスク管理については、2000年1月、中央省庁のサイトの内容が改ざんされたり、消去されたりする不正アクセス事件が話題となった。これまでのわが国のコンピュータ犯罪は、銀行を舞台にしたオンライン詐欺事件やカード事件が中心であったが、先進諸国の中で「不正アクセス禁止法」の施行が一番遅れた日本としては、技術革新に関連法規が早急にキャッチアップできるように、業界と法曹界との協力体制の確立が望まれると述べている。

インターネット紛争と裁判手続については、ネットワーク紛争の困難性(例えば、匿名性のある情報発信者の追跡手段は? 「渉外的法律関係」[4]や「国際私法」[5]、「国際裁判管轄」[6]に習熟した専門家がみつかるか? 海外での裁判や強制執行の実効性やリスクは?)があり、海外サイトを消費者個人が利用した場合、日本での裁判管轄権が認められるかどうか現時点では微妙であることを示唆している。さらに裁判による解決には、法手続きの技術的な問題のほかに、金銭的、時間的困難性があるので、「裁判外紛争処理制度」[7]も紹介している。

一例として、eベイ社のオンラインオークショントラブルの内容は@商品不着、A運送中の破損、B色や品質の認識違い、C評価サイト(掲示板)に顧客によるネガティブな意見を書き込まれて信用を失ったことについての苦情、などであったことを紹介し、調停型のオンライン・オンブズ・オフィスが一定の実績を残せたのは、トラブル相談料が無料であったためであると説明している。

法体制が完備していない現状では、ネットワーク紛争の処理方法として、@トラブルの申立から調停または仲裁に至るまでの手続きをすべて電子メールで行う、A相談料を無料とする、B問題領域を限定する、C調停の前提となる当事者間のコミュニケーションを容易にする水路を提供することに徹する、D当事者が合意に達する手助けをする、E当事者に不安を感じさせない、F最終的な合意は当事者間で決めさせる、などを提言している。

しかし、頑固で非妥協的な当事者に対しては、このような調停は無力であるし、相談料のコスト負担をサイト運営者自身に持たせ、サイト運営者に、信用維持の必要経費との認識が生まれることを期待せざるを得ないと、結論付けている。

インターネットの特性や技術を活用しているユーザの情報管理者や、情報サービス産業界関係者、とりわけ、ソフトウェア開発業従事者、更には法曹関係者にとっては必読書である。日進月歩の世界であるので、本書の続編として『インターネット訴訟2001』の刊行が待たれる。

以上



[1] 産経新聞、2002.2.7、5版、夕刊。

[2] 産経新聞、2002.2.8、15版。

[3] 本書 ニフティ竃@務・海外部 丸橋透「ドメイン名を移管せよ!」15―17頁。

[4] 相手が国内に居住していない場合や海外企業が相手になる場合の法律関係。

[5] どこの国の法律を適用するのかの法分野のこと。

[6] どこの国の裁判所で裁判するのかの法分野のこと。

[7] ADR(Alternative Dispute Resolution)代替的紛争処理の設置主体として、裁判所、弁護士会、日弁連および弁理士会の工業所有権仲裁センター、行政庁の建設紛争審査会など、民間では交通事故紛争処理センターなど、がある。また、ネットワーク紛争を対象にしたADRの実験的プロジェクトとして海外のOnline Ombuds Officeなどがある。

 

国際情報専攻 松村泰夫