「グローバルな市民社会に向かって」


マイケル・ウォルツァー編・石田淳ほか訳日本経済評論社2001年発行2,900円+税

1.前置きです

 「複雑な問題をわかりやすく解説しており、とてもタメになる本です。」という本をご紹介すべきなのかもしれません。残念ながら、この本は欧米の26人の論客が、「これから私たちどうすればいいのかな?」という悩みを開陳した、とても悩み深い本、実に歯切れの悪い本です。つまり、問題が単純でないこと、「みんな悩んでいる」ことがよくわかるのでお薦めする次第です。「そんな本を紹介するなよ!」と叱られそうですね。どうもすみません。

この本を読んだきっかけを述べます。人間科学専攻では社会哲学特講が必修科目となっており、ヘーゲルの『法の哲学』に親しむことになります。『法の哲学』の主要なテーマの一つが市民社会に関する考察です。というわけで、市民社会について考える機会をえたわけですが、レポートを提出した後、無性に、つっこんだ学習をしたくなりました。

というのは、私自身「市民社会」なるものに属しているという実感が希薄なのです。学生時代から社会活動は好きでしたし、現在も町内会の役員などをやっているのですが、どうも「市民社会」に属しているというのがピンとこない。「さて、市民社会はどこにあるのかな?」、そんな素朴な疑問から思索の旅を始めたところです。

2.市民社会論の動向

調べてみると、近年、市民社会に関する新たな視点からの研究が盛んに行われていることがわかりました。これは、主に3つの現象を契機にしています。まず、ベルリンの壁崩壊後に東欧で市民社会が「復活」し、市民社会の意義があらためて考察されたこと。2つめは、新自由主義経済思想の登場以降、規制緩和と経済のグローバル化が急速に進み、経済生活が国家の枠組みを超えてしまったこと。3つめは地球環境問題やインターネットの発達によって国境を越えた草の根レベルでの連帯が盛んになってきたことです。これらのことから、世界的な規模で国家・市民社会・個人の関係が変容を迫られつつあり、市民社会に関する本格的な考察が進められるようになりました。議論の構図は複雑で、論点を整理するだけでもしんどいことですが、大きな論点としては、社会民主主義や福祉国家の理念が強力な西欧からは「市場まかせでうまくいくのか」というスタンスが提示され、伝統的にレッセ・フェ−ルの理念が強いアメリカからは反制度主義のスタンスが提示されています。一見すると2項対立的な構図のようですが、単純ではありません。他の本で、明快な市民社会論の方向性がいくつか提起されてはいるのですが(グラムシを敷衍した多元的市民社会論など)、まずは複雑に交錯している現状を概観したいと思いました。単純な説明に飛びつきやすい私にとって、しんどいテーマですが、しばらく追究してみたいと思っています。ちなみに、ヘーゲルを読んでおくと、難しい論考を理解する一助になります。履修できて良かったと、しみじみ思いました。

3.欧米の論客26人の論考が1冊に

 能書きが長すぎました。この本はドイツに本部があるシンクタンクのワシントン支部が企画し、アメリカとヨーロッパ(ドイツ、フランスなど)の研究者及び政治家26人の論考を1冊にまとめたものです。

編者のウォルツァーはアメリカの研究者です。表題の「グローバル市民社会」という概念は、ウォルツァーが提唱しているもので、グローバル市場主義に対抗してNGOやNPOのネットワークに期待する地球市民主義的な概念ですが、この本ではあまり論究されていません。また、この本の顔ぶれとしてはアメリカ民主党やドイツ社会民主党に近い論客が多いので、一定の傾向を感じるかもしれませんが、冒頭にも述べたように、26種の「悩み」が収められた本として読むことをおすすめします。

 私なりに読後に抱え込んでしまった論点をいくつか挙げて、内容の紹介にかえます。よろしかったら皆さんも悩んでください(笑)。

・国家と市民社会(経済社会)は2項対立の関係で把握すべきものか。国家、市民社会、経済の3項モデルは枠組みとして妥当か。

・市民社会論は、国家主義やグローバル市場主義に対抗しうる有効な価値を創造できるのか。

・社会民主主義や福祉国家論は、新たな市民的ヒューマニズムを生み出すことができるのか。

・「自由主義的共同体」なくして「自由主義的」自由はありえないのか。つまり自由は共同体を必要と

するのか。

・福祉国家は、社会的な保険システムとして理解すべきか。また、このシステムへの依存は予防でき

るのか。

・一定程度の平等がなければ民主主義は機能することができないのか。

・個人主義的社会観だけで、抑圧に対抗することは可能か。

・複数の共同体の構成員となることによってのみ、個人は相対的な自由が得ることができるのか。

お読みいただきありがとうございました。

人間科学専攻 河村俊之