人々のこころにテロはどう映ったか
――マンハッタン・ミッドタウンのオフィスより――







国際情報専攻
田中鉄男

 私はこの夏から1年間の予定で、会社からの派遣でニューヨークのマンハッタンにある米系の会計事務所に来ています。今回の一連のテロ事件については、幸いにして直接の被害にはあっていませんが、身の周りで起こったこと、感じたことについて書かせていただこうと思います。

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<星条旗を掲げるそれぞれの思い>

 周りのアメリカ人の反応を一言でいうと、怒りによる団結である。街中に星条旗があふれるのにほとんど日数はかからなかった。会計事務所に勤める人々というのは、比較的おとなしいタイプが多いはずだが、私のオフィスでも多くの人が自分の席に大きな星条旗やスローガンの張り紙を掲げ、窓ガラスには外に向かって星条旗の張り紙が貼られた。

 パールハーバーの再来云々と周りで話されるのには日本人としてはやるせない思いがあるが、個人的に聞けば、例えばWTCのそばの会計事務所から転職してきたとか、親戚、友人がWTCで働いていたという話がかなり出てくる。それぞれの身に降りかかった事情によって、心中の温度差はかなりあるようである。

 それでもほとんどの人が一様に星条旗のもとの団結を示すのは、隣人の怒りと悲しみを共有する思いやりと、アメリカという国への直接的な愛国心からだろう。

 私たち在米日本人が星条旗を掲げたり敬意をあらわすのは、主に前者によるものといえる。私の職場で働くある日本人は、悲しみと怒りに震えたアメリカ人の同僚がくれたものだからと、今でも星条旗のポスターを自席の前の壁に、大切に飾っている。

<子どものこころに映るものは>

 隣人への思いやりがより具体的に行動に移されたのが、被災地のボランティアや、子どものこころのケアへのサポート体制である。事件の三日後には、子どもへの説明の仕方、接し方についての手引書がオフィスで用意されたのには、こころのケアへの意識の高さを実感した。その手引書には、具体的な親子の対話の例がいくつか示された後、以下のように要点がまとめられている。

 小さな子どもを持つ親の立場にある方々にとって、今回の事態は本当に心苦しく悩ましいことだと思う。子どもは大人とは違う視線や思考、感覚をもっていて、今回のような前代未聞の事態がそのこころにどう映るかは、なかなかはかりづらい。また、子どもの動揺、混乱は、大人の姿の鏡像という面もあるだろう。子どもの親のみならず、世の大人たち皆が、子どもたちの目に映っても恥ずかしくない振る舞いを、いつも以上に心がけるときだ。大人が培ってきた理性や経験への自信を根底から揺るがすこの事態の中、苦し紛れ、破れかぶれに陥りがちな判断を律する基準のひとつとして、そういう子どもの視線への想像力があっても良いと思う。

<愛国心の現れ方>

 隣人への思いやりと愛国心という二つの気持ちはもともと地続きであるが、愛国心という形で純化、抽象化されると、やや思考が極端に走る傾向があるように思われる。

 例えば、職場の電子メールで、全職員宛に以下のようなメールを出した職員がいた。”Read it!  It's a great article.”とだけ記し、ニューヨーク・タイムズの記事のリンクを張ったメールである。

http://www.nytimes.com/2001/10/26/opinion/26FRIE.html?ex=1005115986&ei=1&en=7da7a8233db3f389

要点をかいつまむと以下の通り。

 独善的な一国主義に対する反省が述べられているだけでも、この記事は比較的バランスがとれたものだといえよう。だが、中近東諸国も心中では応援している、迷わず進め、という、自己に都合の良い世界観に基づいたこの論調を、手離しで賞賛し、臆面もなく皆に一読を勧めるのには正直驚かされた。ニューヨークの職場などで知り合った人々からは、ニューヨーク・タイムズは一番中道でバランスの取れた新聞だとよく薦められるが、国際情報専攻の必修授業の基本教材「笑われる日本人」(ジパング編集部)では、特に日本について極端な論調の記事も散見されると取り上げられている。私は、ニューヨーク・タイムズの極端な記事については、ある程度知的な読者層には距離をもって読まれているのかと思っていたが、そうとも限らないようである。また、日本について、金は出すが精神は共有していない、カッコつきの「同盟国」として言及されているのも、気になるところである。日本がアメリカを思い見つめるほどには、アメリカは日本のことなど見ていないということが、あらためて思い知らされる。

 さらに極端な例をひとつ。私と同じチームで働いていたある若手の男性が、先日急に退職した。辞めて何をするのかというと、カナダに行ってテロリストハンターになるというのである。彼の得た情報によると、テロリスト達はカナダの森林に潜んでいるとのこと。彼は追跡して得た生のニュースをCNNに供給する契約をしているので、ニュースをご覧の際にはお見逃しなくとのことである。冗談かと思いきや、トップマネジメントや人事部も含めた部署全員へのお別れの挨拶メールでも大真面目に書かれているので、どうやら本気の模様である。

 最後になりましたが、今回のテロ事件で被害に遭われた方々やそのご家族、ご友人、関係者の方々に、こころよりお悔やみ、お見舞いを申し上げます。

写真1:NY公立図書館のライオン像前にて。リーグ優勝したニューヨークヤンキースの野球帽をかぶっている。クリスマスにはサンタクロースの帽子をかぶり、ニューヨーカーはその姿を毎年楽しみにしている。

写真2:ヤンキースがリーグ優勝を決めた試合(対シアトルマリナーズ)のイベントにて。