熟年交遊録
「第2号からの連載」

　＠嘘八百＠

　なにがひどいってこれほどの話は聞いたことがない。ヤ
ッチャンと東大生がひどい悪さをしていたのだ。善良な婦
人を（会ったことがないのだけど）メール上で、もてあそ
んだのだ。クーーーッ、許されないぞ！ぼくは心底怒った
のだ。
　彼らは、なんとかの出会いの場、なぞと言うＨＰでメー
ル交換を始め、幸枝さんと知り合い、毎日のようにメール
交換を始めたのだ。ヤッチャンはキーボードの操作もまま
ならないので東大生にキーを打たせ、ああでもないこうで
もない嘘八百のやり取りをして、善良な幸枝夫人の小鹿の
バンビちゃんのような小さな心をもて遊んでいたのだ。
（ほんとにそうかは確認できないのですけどね）
そのうちなんと東大生にも、いけない大人の病気が移り、
言いたい放題、書きたい放題。二人でやっちゃったのです。

　聞いて驚きました。ヤッチャンは３７歳独身。東大の法
科を出て現在○○法律事務所で弁護士をしている。テメェ
フザケンナと言いましたが、フザケテンダと言い返されま
した。また東大生のほうは、現在５８歳で子供二人。上の
娘はロンドンで商社員の夫と暮らしている。仕事は宮大工。
伝統的な技を引き継いで人間国宝に推薦されているそうだ。
コノヤロウと電話で怒鳴りましたね。

　ヤッチャンの話では、東大生は最近妙に明るくなりウキ
ウキしているそうです。ちょっと前までけっこう暗いやつ
だったのに。ヤッチャンに、世間ではこのことを「東大もと暗し」
というのかと聞かれたので、ぼくはひその通りだと言ってやり
ました。

　そんなことはさておき、メールのやり取りの中で、幸枝さんが
、どうしても会って相談したいことがあると言ってきたそうなのです。

「そんでな、オレはどうみても３７歳にはみえないだろ。
勝ちゃんはサ、うわべは知的生活者にみえるからサ」

　うわべはよけいだろうと思いながらも

「まぁ、３７は無理だけど近いものはあるな」

　などと大変なことを押し付けられるのに、ちょっとした
お世辞に乗ってしまっている自分が情けない。

「だろー、だからさ、あのね明日の夕方６時、駒込駅の下
の方の改札を出てね・・・・」

　会う場所を指示され、とうとうぼくが幸枝さんと会うこ
とになってしまったのである。

＠どいつもこいつも＠

　少し早めに指定された小料理屋「阿里」に着いてしまっ
た。店の人に、ぼくは待ち合わせであることを告げ、出された
お茶を飲みながら幸枝さんなる人物を想像する。話によると
年は以外に若く、３０代前半だろうということだ。ぼくの想像
では、きゃしゃな体つきの豆顔で、なんとなく和服が似合
う楚々とした美人で、しかも・・・・・・・・・突然声をかけられた。

「あのー橋本さん？」

「え、はい。あ、いえ、代理の者なのですが、橋本さんに
は違いなくて、しかし３７歳にはほど遠く、知的であっても
知的でない。チャンチャラオケサ」

なんということか、あがり性のぼくはわけわかんないことを
口走り、おまけに湯のみを倒してお茶をぶちまけた。

　もうどうにでもなれと、友人の代理で来たこと、友人が
嘘をついていたこと、弁護士も宮大工も半径２キロ圏内
には絶対いないことを一気に伝えた。ふう。

　「フフ、橋本さんて愉快ね。メールの世界ってそんなも
のよ。夢ね」

　妖艶な笑みを浮かべて、年のころは４０半ばのご婦人が
気がつくと向かいに座っていましたね。

「メールの世界ではね、弁護士と医者だらけ。でも宮大工
は珍しかったわ、素敵ね」

「す、素敵な宮大工は、じつはほんものの東大生で、あ、
いや、これは真実で、しかも性格はどこまでも暗く、しか
し最近はもと暗しとなって・・」

　もう、どうでもよかった。しかし幸枝さんが小鹿のバン
ビちゃんでないことは確信でき、すこし安心した。あとは
いかにしてこの場から逃れるかだ。