「ゼミ雑感―いわゆる「知の飛び火」ということについて−」



人間科学
専攻
野明厚夫


著者紹介:

本大学院人間科学専攻3期生。法政大学文学部及び日本大学通信教育文理学部(哲学専攻)卒業。国家公務員(文教行政)を経て、医療関係の教育・研究機関に勤務。現在、西洋近代思想を通して現代倫理のあり方を研究しています。

3期生として本大学院に入学し、8ヶ月が経過しようとしています。通信制大学院は、学生が顔を合わせるのはスクーリングとゼミが中心となります。本大学院は、他専攻科目も1年間に1科目は履修することができます。また、各専攻の必修科目のスクーリングにも他専攻の学生の聴講(聴講というよりも基本的にはほとんど本専攻生と同じような立場で授業に参加すること)が認められております。また、私の特別研究ゼミ(各人の修士論文テーマが主体の研究ゼミ)では1・2年生合同のゼミもあり、軽井沢ゼミでは1期生(修了生)の方の参加もあり、指導教授との共同研究のなかで、先輩諸兄姉の研究に臨む姿勢も身をもって味わうことが出来ました。私の場合、東京在住ということもあり、5月の合同ゼミ、6月の1年生ゼミ、7月の他専攻スクーリング、8月の自己専攻スクーリング、9月の軽井沢ゼミ、10月の合同ゼミ、11月の自己専攻スクーリング等に参加し、そのほか、本大学院主催の公開講座や郷里の長野で行われた歴史研究会(修了生・在学生の研究同好会)にも参加できました。これらを通じて予期しなかった多くの方と知り合うこともできました。また、スクーリングやゼミのあとには、いわゆるハッピー・アワーやConvivial Meetingが設けられ、とくに泊り込みのゼミや同好会では、時間を忘れた議論や懇談に熱中したなかで、皆さんの生き方や考え方を成り立たせているキャラクターやアイデンテイテイーもかなり知ることが出来、自分のものの見方を広げる力にもなったように思います。

 ところで、時は紀元前4世紀。ギリシャ・アテナイの郊外にアカデメイアを創設したプラトンは、遠くイタリア半島の西シシリー島シュラクサイの内乱に巻き込まれ死亡した愛弟子デイオンの同志に送った手紙(いわゆる『第七書簡』)のなかで、人間がお互いに顔を合わせ共同研究をしていく場合の「知の飛び火」ということについて述べています。

 プラトンは、こう言っています。「知の飛び火」は、共同研究をする者が、「生活を共にしながら、その問題の事柄を直接に取り上げて、数多くの話し合いを重ねていくうちに、突如として、飛び火によって点ぜられた燈火のように、学ぶ者の魂のうちに生じ、以後生じたそれ自身が、それ自体を養い育ててゆく」と。

「示し言葉(名辞)や定義や視覚や感覚などのそれぞれが、相互に突き合わされ、丁寧な吟味にかけられ、反駁される。また、対話者双方が腹蔵のない問答を交わす。そうするうちに、個々の問題についての思慮なり知性的認識なりが、人間に許される限りの力をみなぎらせて輝きだす」。

この知の燃え移る決定的な瞬間は、突発的で予測し得ないが、それは学ぶ者自身が、絶えず吟味され、反駁されている間に起こるのであり、「知の飛び火」が燃え移るとその人の「知性、知識、真なる思い」のすべてが、必ず健全なものに育ってゆくのである。それは書物にかかれていることで伝達されるような「通常の知識」を支え、その人を「知そのもの」の全体をさとる方向へと一歩一歩前進せしめるものである。 

 要するに、プラトンによれば、「知の飛び火」の本質は、この火が、一切の「通常の知識」を批判吟味する基準となり、「真実」を追求する愛知心の原動力となる、という点にあるわけです。(以上『プラトン全集第14巻』、「書簡集」長坂公一訳、岩波書店、1999年5月刊、147〜148頁、207〜208頁等)

 21世紀、科学技術の進展は、私たちを取り巻く環境社会を「危険社会」とし、バイオテクノロジーの行き着く先は、様々の生命倫理上の課題を発生させています。また、最近の同時多発テロを引き金とするアフガン戦争は、世界において人類ははたして平和的に共存しうるのか、どのような文明やイデオロギーが平和的共存に役立ちうるのか、という人類の究極課題とも言うべき問題を私たちに突きつけているように思われます。私たちの大学院においても、これらの問題について、各自の研究テーマだけでなく同好会やインターネット上のデスカッション・ルーム等で様々な意見が交換されております。    私も在学生の一人として、教授陣や修了生や後続の人たちとともに、直接対話できるゼミや共同研究の場を通じて、さらに通信制の武器である最先端の情報伝達機能も駆使しながら、わが国のみならず、本大学院が構想しているグローバルな教育ネットワークを通じて世界へと、人間の生き方・ものの考え方の「核」となる「知の飛び火」を交流させ、大学院に課せられている目的の達成に近づいていけるよう、真摯にかつ楽しく研究を続けていきたいと思っています。