「ビジネス・キャリア制度の新たな展望」
人間科学専攻 笹沼正典 著者紹介: Born:東京 Family:妻と2人だけ(1昨年一人娘を嫁がせた) Career:損保会社32年→人材サービス会社3年。うち、教育研修分野16年 Favorite:ミニシアター&美術館&Jazzだが、本学入学以来時間がないのが悩み。 Membership:日本産業カウンセリング学会、日本キャリアカウンセリング研究会等。 Public Activity:ビジネス・キャリア制度/高度教育訓練コース推進研究委員会委員 |
1.2年ぶりの再開
先月下旬、筆者は2年ぶりに再開された高度教育訓練コース推進研究委員会に出席した。略称「高度研」と呼ばれるこの委員会は、平成5年から厚生労働省の職業能力開発施策として施行したビジネス・キャリア制度について、@ホワイトカラーの高度な教育訓練システムのあり方・仕組み、Aホワイトカラーの職務分野ごとに必要な知識・能力の内容、B高度な教育訓練システムの整備、について検討することが役割である。現在、委員は12名で、大学教授6名、企業の実務家2名、民間教育機関の実務家3名、文部省1名で構成されている。制度の運営は、厚生労働省から業務委託を受けた中央職業能力開発協会が行い、この委員会を主催する。言うまでもなく、委員会には厚生労働省職業能力開発局の役職者が同席する。
2年間も中断した主な理由は、私の見たところ、同省と協会(委員会)との間で、ビジネス・キャリアへの「上級」レベルの導入など、制度設計の方針の食い違いが表面化したことである。再開の背景と理由は後述する。
2.そもそもビジネス・キャリアとは
ビジネス・キャリア制度は、平成5年労働省告示第108号「職業に必要な専門的知識の習得に資する教育訓練の認定に関する規程」に基づいて、平成5年4月に創設された。私なりにビジネス・キャリア制度の目的、効果、普及状況について論評すると、次の通りである。
(1) 3つの目的
@ホワイトカラーの職務遂行に必要な専門的知識(知っていること)および能力(出来ること)を体系化すること
――我が国にはそれまでホワイトカラーの職能要件の具体的内容を職務分野別に体系的に整理した前例はなかった。これを「修了認定基準」という形で、人事・労務・能力開発、経理・財務、営業・マーケテイング、生産管理、法務・総務、広報・広告、物流管理、情報・事務管理、経営企画、国際業務の10分野・2レベル(初級、中級)別に明らかにした。日本企業の人事と教育における、このことの意義は今後ますます大きくなるであろう。
A職能要件の体系に整合する教育訓練コースを広く開発・供給すること
――仕事が多忙で学習時間の確保が困難であり、また職歴が多様なホワイトカラーの実情を考慮して、学習ユニットとレベルを細かく設定し、各人のニーズに応じて、体系的あるいは段階的に学習できる仕組みとした。ここは、制度見直しの論点の一つである。
B「修了認定試験」を実施してホワイトカラーの職務能力に公的な証明を付与すること
――お上が個人に対して、学習ユニットとレベルに応じた「修了認定証明書」を発行し、修了認定歴を公的に「登録」する。ここには、ホワイトカラー個人のキャリア形成意識を高め、労働市場の流動化を促進する狙いが込められている。今回制度見直しにあたって、ここが最大の論点となっている。
(2) 企業と個人にとっての4つの効果
@企業も個人も、業種・業態・企業規模の違いを超えた汎用的な専門的知識・職務能力を体系的に把握できるようになったことは、具体的目標を持ったキャリア開発プラニングや社員編成システムにおける職務・職能記述の明確化に有益である。
A企業は、社員の対外的エンプロイヤビリテイの内容とレベルを客観的に評価できることから、社内外での要員配置や異動の運営等に活用することができる。
B個人にとっては、お上から与えられる対外的エンプロイヤビリテイの証明を、社内異動だけでなく、転職や出向・転籍時に有利に活用できる。
C業種・個別企業に固有の知識・スキルに限定されがちな企業内教育研修において、この制度の活用により社員の知識・スキルに世間的な広がりと深みを持やせることができる。
(3)普及の現状
@平成12年度で、産能大、社会生産性本部など94教育機関が1、692の認定講座を開設し、延べ7.1万人が受講した。ホワイトカラー1,400万人への普及率は0.5%であり、未だ決して高いとは言えない。
A修了認定試験には、平成12年度で2.2万人が受験、うち1万人が合格した。実施場所は、41都道府県の職業能力開発協会であり、全国のどこででも受験可能な状態と言える。
B企業からの一括受験は、松下電器、全日空、三洋電機など222社で実施された。採用企業数の増加が普及率向上の決め手であることは言うまでもない。
3.ビジネス・キャリアをめぐる状況の変化
高度研再開の背景と理由に関して、最近3つの注目すべき流れが出てきた。要点をレビューする。
(1)厚生労働省は、昨年5月に「職業能力開発基本計画」を策定し、「近年の技術革新の進展、産業構造の 変化、労働者の就業意識の多様化等に伴う労働移動の増加、職業能力のミスマッチの拡大等に的確に対応」 するための職業能力開発を、平成13年度から平成17年度までの5年間に計画的に推進すると表明した。
この中で、ホワイトカラーについて、生涯職業能力開発促進センター(アビリテイーガーデン)が開発し た新しい訓練コースの普及、ビジネス・キャリア制度がホワイトカラー職業能力の評価指標として一層機能 すること、変化に対応できる実践的な思考・行動特性等についての職業能力開発手法の開発、の3点を進める とした。
(2) 厚生労働省は、昨年8月に「一人一人のキャリア形成を支援し、能力を発揮できる社会の実現−労働者 のキャリア形成への支援とIT化に対応した能力開発施策の推進」を発表した。この中で「急激な技術革新 の進展や、産業構造の変化等に伴う企業内の働き方の変化、労働移動の増大等に適切に対応するためには、 労働者一人一人のキャリア形成(職業経歴を通した能力形成)に対する支援を通じて、労働者のエンプロイ アビリティ(就業能力)の向上に資する職業能力開発を推進することが重要である」と説いた。
(3)中央職業能力開発審議会(会長小池和男教授)は、昨年12月に労働大臣に対して「今後の職業能力開発 施策の在り方について」という建議を行った。建議は、今後の施策の方向として、労働者の自発性の重視、 能力ミスマッチの解消、キャリア形成の支援の3点を挙げ、また制度改正点として、キャリア形成支援、 職業能力評価システムの整備、給付金等の見直しの3点を指摘した。この中で、ホワイトカラーについては、 「その特性を踏まえた職業能力評価システムを整備してゆくことが重要である」として、「ビジネス・キャ リア制度の在り方の見直し」を求めている。
こうした3つの流れは、言うまでもなく、現下の小泉構造改革におけるセーフテイネット構築という大状 況の中で、一層明確に位置づけられることになったと言える。
4.枠組みを変えたい
今回の高度研で、当局からビジネス・キャリア制度の枠組みを変えたいので、@レベルの明確化と名称の 改正、A試験の位置づけ/名称/受験資格等の変更、B部門別試験の導入という3つの議題の審議が要請された。 今夏中に結論を得て、平成14年度から(試験の一部は13年度後半から)施行したいとしている。各項目の要点 は次の通りである。
@「上級」新設を断念し、「初級」・「中級」の2レベルで完結させること。
Aビジネス・キャリアを単なる学習支援システムから、ホワイトカラー流動化に資する職業能力評価システム へ拡充すること。
B試験実施を、163学習ユニット別でなく、23部門別として簡素化すること。
5.所感
筆者は、発足準備段階であった平成5年からビジネス・キャリア制度に関わっているが、本制度が、 ジェネラリストの育成、業界・企業固有の知識・スキルに極端に傾斜した企業内教育研修、会社都合の キャリア育成管理、といった日本企業特有の人事慣行に大きな変革をもたらす可能性があると期待してきた。 言い換えれば、ビジネス・キャリア制度の理念は、マネジメントを含めて専門性の高い職能を育成すること、 社外でも通用する汎用的エンプロイヤビリテイの涵養を支援すること、個人の自立的なキャリア形成を支援 すること、であると考えている。筆者は、そのためにもビジネス・キャリア認定評価が労働マーケットで高い 流通性を持つことの重要性を当初から発言してきた。その意味で、今回の当局からの俄かな制度改定の動きは、 相応に評価できるものと考える。
(了)
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