「病室のベッドサイド――置かれたモノが示すこと」



人間科学
専攻
鈴木章子


著者紹介:

北海道の短大卒業後"しょっぱい川"を渡り、東京都内などで10数年臨床看護婦として働いておりました。病院では、入院生活が営まれます。生活環境としての病院・病室に興味をもっています。生活するには、モノとの関わりが切り離せない事柄としてあると思います。今回は、病床まわり―ベッドサイドのモノから伺える<日常性>について、過去の調査でみえたことをお話したいと思います。

 ベッドサイドのモノ

一般的にベッドの周りには、床頭台とロッカーが設置されています。最近は、テレビが常設されていたりします。そこには、入院生活をする上での様々なモノが置かれます。歯ブラシ、コップ、食器、洗面器、化粧品、着替え、洗濯物、入院してきた時の背広や靴、などなど。その他、薬や体温計も。病院ですので、治療に必要なモノ、例えば、点滴をしている場合には、それに関連する医療物品が置かれます。

結構ごちゃごちゃしますね。けれども、そのごちゃごちゃの中にいくつかの“秩序”があります。

置かれ方の“秩序”について

そのモノが何に使われるのか。例えば、点滴を行う上で側に置いてると便利な消毒綿は、小さなトレイの上に置かれます。小さなトレイは、「ここは医療物品を置く場所ですよ」ということを示しています。このトレイの中に、湯のみが置かれることはまずありません。このようなトレイがなくても、使い手の中には、「これは食事の時に使うモノ」「これは、身づくろいに使うモノ」と、気持ちの中で区切りをつけています。普段の生活の中では、洗面に使うモノは洗面所にあり、食事に使うモノはキッチンやリビングに置いてあるのですが、限られたスペースの中ではそれができません。

取り出しやすさ。毎日使うモノは、使いやすい位置、取り出しやすい場所に置かれます。歯ブラシや洗面器が、ロッカーの奥のほうに置かれることはほとんどありません。ロッカーの中に置くとしたら手前側です。

濡れるもの。先程の洗面器は、ベッドの下に置かれることもあります。扉を閉めてしまうロッカーの中に湿ったものを置いておくのを嫌うことからきています。ただし、洗面用のタオルは濡れていても、自分の頭の上か、床頭台タオル掛けの自分側に掛ける傾向があります。普段の生活の中で、下着を外に干さないとか、家族以外の人が出入りするところに洗濯物を干さない、という感覚に似ているのではないかと思います。

きれいなものと汚れたもの。着替え用の下着は、洗濯物よりも下に置かれることはほとんどありません。大概、洗濯物はロッカーの下の段、ベッドの脇、床頭台の中などに置かれ、着替えはロッカーの中段に置かれる場合が多いのです。家族が洗濯物の管理をしている場合は、家族が取り出しやすいと思う所に置かれる傾向があります。

モノの移動

モノは、いつも同じ所に置かれてはいません。例えば、ベッドの上での生活を強いられている人のトイレットペーパーの動きをみてみましょう(下ネタですみません)。ベッド上での排泄をしなければならない人のトイレットペーパーは、床頭台やオーバーベッドテーブルの上に置かれます。これは、看護者が使いやすいようにそこに置いておくのです。この人が、ベッドから降りて排泄できるようになった時、トイレットペーパーは、床頭台の上、あるいは床頭台の中の手前側に置かれます。自分で“できる”ようになったので、自分が使いやすいと思う場所に移動したのです。つまり、トイレットペーパーの移動は、その人の排泄行動の獲得を示すことになります。

生活をする上で、モノは欠かせない存在です。どの様な生活になってもそうだと思います。私の机の上は、今、結構ごちゃごちゃしていますが、本人でしか分からない“区切り”があります。まぁなんとか使っていますが、これは、整理整頓の行動が獲得できないでいることかも知れません。