「ドンキホーテ的挑戦から得た教訓」


人間科学専攻 沼上 基

著者紹介:
「与謝蕪村作品の剽窃的」自己紹介
40年近くにもなるビジネスマンとしての生活を終え、この大学院に来ました。
これまでの私の生活は、「鳥羽殿に五,六騎急ぐ野分けかな」で、常に風雲急を告げていました。もちろん騎馬武者は、私と精鋭の部下たちです。そして時々、「宿貸せと刀投げ出す吹雪かな」で、精根尽き果てそうになるのです。
会社を辞めた直後は、そんなわけで力が余ってしまい、生来の悪い癖が出て、迂闊にも、いまだやったこともない心理学の受験勉強をし、死出への旅路に何かいつつある記憶力を奮起させ当学に入りました。皆さん、ご指導ください。


この話は、私と開発部の部員たちがある廃棄物の有効利用に挑戦した話である。このケースは廃棄物を製品化して市場の流通商品に仕立て上げようとする計画であり、自社廃棄物を再生して自社部品に再利用していくケースではない。つまり商品がそれなりのブランド力を獲得して市場に流通していくことを最終的な目標としたのである。

私は現役時代に高分子化学工業関連の企業に勤務していた。つまり私はプラスティック産業廃棄物の発生源に永年関わってきたゴミ元凶の一人かもしれない。ご存知のように、プラスティック廃棄物の有効利用は、鉄やアルミニュームなどより厄介である。その理由は、プラスティック製品は複合化(他材料との接合、接着品、異種樹脂同士の混合品)されていること、樹脂によっては熱分解すると有毒ガスを発生すること、外観上、種類の選別が難しいことなどである。

雑誌や新聞に紹介されているモデル的なリサイクル工程で示せば、“製品の生産―使用―廃棄―再資源化”となるが、“再資源化”までは、なんとかたどり着くことができるのである。しかし、どのジャーナリズムもあまり報道しない、もっと難解な問題が再資源化の先に待ち構えている。つまり再資源化された材料を使って、製品を製造して、それを市場で販売する段階である。この段階を含めてリサイクル工程を描き直すと、“製品の生産―使用―廃棄―再資源化―製品化―販売”のようになる。“製品化―販売”の工程が実現されれば、資源循環型社会の実現には有効な支援策となるはずである。この方式で成功した商品に“擬木”がある。公園や林道などの道路の柵、杭、ベンチ、ガーデニングに使用されている合成木材である。腐食せず、耐久性は抜群である。

 

製品化の段階では、いつもコストが問題になる。リサイクル製品だから安価であるとみなされ、購入側が正常品よりも低い価格を要求する。しかしリサイクル原料を使った製品はそれほど安価にはならない。むしろ高くなる場合がある。再資源化の過程で分別収集され洗浄、乾燥、粉砕、輸送などのコストが加算される。成型加工費も、バージン(正常品)原料より生産性が悪くなるのが普通だから、これもコスト上昇要因となる。そして、越えるべき難度のもっとも高い壁は、リピートオーダーを効率よく引き出すためのルート確立である。次に一つ一つの障壁を乗り越えていく過程を述べよう。

 

いまから78年前、ある先進企業の技術部長、A氏が訪ねて来られた。用件は廃棄物となった磁気テープを有効利用してほしいとの要望であった。磁気テープはビデオテープ、カセットテープ、コンピューター用などに大量に消費され、発生源は、製造現場での端末処理より発生するロス、企業や公共の機関、家庭などの使用済みの不要品となったものである。テープは、ポリエステルフィルム基材の表面に、樹脂の強力なバインダーで微粒子の磁気鉄粉が接着、コートされた複合材である。バインダーの

融点は130℃で、この温度以上の成型加工や焼却は、分解ガスを発生するのでできない。この問題を解決するため、Kを開発担当責任者に推した。

Kは、工場や外部協力企業と共同で試作品を1ヶ月で完成させた。磁気テープをフレーク状に粉砕して、分解ガスの発生を抑制するために、130℃以下の成型温度で、フレークをランダムに積層し多孔質のマット状成型品をつくる条件を確立した。既存の吸音材であるガラス繊維やロックウールの吸音性能を凌駕する新規吸音材の誕生である。これを利用し高速道路などに使われる遮音壁を開発した。

建設省には、優れた建築資材や建設技術に対して評価認定をする建設技術評価制度がある。それに応募したところ、この新遮音壁は吸音性能と廃棄物利用の二点が評価され、建設大臣より優良建材として評価認定書を受領した。Kの努力が実ったのである。幸先よいスタートとなった。

販売のターゲットは建設省や道路公団の遮音壁である。つまり官需用を狙ったのである。Kをリーダーとする開発部員たちは、関連の販売ルートを通じて、あるいは直接に設計事務所、各建設現場などに設計折込活動をしたが、なかなか販売実積をあげることができない。試験的販売のみにとどまっている。それぞれの現場での性能評価が従来品を上回ってもリピートに結びつかない。採用されない理由を我々は次のように推測した。

1.   購入側は商品の実績を最も重視する。現状品は数十年の実績で安心である。少々性能が良くても、変わったものを使用して問題が起きたら大変と考えているからである。

道路工事などの現場事務所を訪問すると、話をよく聞いてくれるのだが、実績のないものは使用できないと言う。つまり、他の現場で使って問題がないことが判明したら使えるという。このような事態によく出会ったものである。しかしおかしなことを言うものだ。それぞれが他人の実績を見て決定する態度なら、販売は当面望めそうもない。

2.   我々の官需ルートは建設資材に関しては弱体であった。新規に起用した販売ルートも販売力が十分ではない。先発の競合品を扱っている既存代理店は模様眺めである。

3.   打ち出した差別化策が予期に反して功を奏していない。(Aは販売活動中キャッチした情報により我々の遮音壁の長所としてPRした。)

@     遮音性能は既存品より2〜3db上回る。(価格、耐久性同等である。):しかし音響性能を挙げたものを具体的に設置せよとの指示はなされていない。住民が騒がないかぎり対策しない。

A     健康障害のような二次公害を出さない。:現在の遮音壁に使われている無機系繊維物質(ガラス繊維など)は、石綿に代わる安全な繊維とされているが、その形態的特徴のため眼、皮膚への健康障害だけでなく、動物に対する長期暴露試験で、ガン原生を示す例もあることから、労働省は無機系繊維物質の労働衛生に関する指針を、都道府県労働規準局長を通じて各事業者団体に出し、健康障害の防止対策を要請している(平成51)

労働省の要請は、我々の無機系繊維を使用しない遮音壁にとっては、追い風になるはずのものだが、その兆候はまったくない。廃棄された遮音壁内の無機系繊維物質が、老化して崩壊し粉塵と化すことはおよそ予測のつくことだが、なんら問題提起されていないようだ。規制されなければ現状のままでよいとする待ちの姿勢である。まだ、新規遮音壁の出る幕はとてもない。

 

昨年から本年にかけて、容器包装リサイクル法、家電リサイクル法、食品リサイクル法、改正リサイクル法などが陸続として施行された。さらに今後パソコン、自動車リサイクル法も施行される。資源循環型社会を構築し、地球環境保護を保護するための法的な整備である。しかし資源リサイクルが常に回転するためには、再資源化された材料ストックが継続的に消費されていくことが必須の条件である。つまり、リサイクル製品が商品流通市場で消費者の認知を獲得し、効率的に販売されて、また効率的に資源として回収される仕組作りが社会的に必要である。

上記は、私と部下たちが無理を承知で挑戦した記録である。官公需を狙って見事に跳ね返されたが、現在、この吸音材は、ある地域の公立学校の吸音パネル(室内吸音)に採用された。心ある設計事務所が学童の健康を考えてのことである。そして台北の鉄道線路沿いの小学校では、我々の、屹立する無公害型遮音壁に守られて、静かな授業が続けられている。(完)

注:この記録に登場している“K”君は日大OBである。(昭和46年理工学部 機械工学科卒)

私が年をとっても、開発好きであることから、いつも苦労していたようである。