熟年交遊録






国際情報専攻
橋本信彦

  ソフトってなんだ事件以来、ヤッチャンとはしばらく会っていなかった。いや、正
確には会いたくなかったのである。実際しどろもどろの説明が約2時間続いた後、彼
から発せられた言葉ほど、ぼくのこの小さなハートを傷つけた言葉はありませんでし
たね。
「フーーン、なんだか簡単そうだなぁ、そーかぁ。でもってさ、あのさぁ、オレメー
ルやんから」

 
半分寝ているような、それでいて遠くの西の空を、なにかとてつもなく思慮深く思
われるようなスカシ眼で、ぼくに先ほどの言葉をのたまわったのであります。説明の
後の脱力感とむなしさと怒りと空腹がいりまじり、ぼくは、極力そのトーンをオサエ
タ(ぼくのトーンをオサエタ声は女子中年層にはかなりのファンがいる)威厳のある
声でヤッチャンにきっぱりと宣言しました。

「あのねぇ、キミのその限りなく独創的な個人主義を、世の人々の全部が全部理解で
きると思ったら大間違いでございますですよ」できるだけていねいに伝えようと思っ
たが、慣れていないので言葉がなんだか怪しい。

「おめぇ、どしたい、くたびれてんのかい」

 あまりの言葉に、ぼくは彼の顔を、おもいっきり鋭い光線を放つぼくのキラリ眼で
にらみつけてやりました。しかし独創的個人主義アンド先天的他人意思不理解症候群
の病をもつ彼には、キラリ光線もただただ突き抜けるだけ、結局ぼくの小さなハート
は、生存に必要な最低限の動悸しかできない状態に陥ったのであります。

 数週間後、動悸も意識も通常値に戻ったぼくは、ヤッチャンと○○○電気にいまし
た。安売りでテレビのコマーシャルなどでよく聞く店です。大手メーカーのPC製品
がディスプレー込みで68000円というチラシが入っていたのです。

「早く買ってメールやるぞ。そんでもってあれだぁ、あの、出会いなんとかでオレは
幸せをみつけるんだ」

 ぼくは彼の言葉を、遠い宇宙の第三星雲にあるゴンポラリス流星群(こんな流星群
は実在しません、念の為)の彼方に押しやり店員に確認しました。

「OSは何が入っているの」
「ウインドウズの98SEです」

 ヤッチャンは横で綱引きの格好をして遊んでます。「オーエス、オーエス」本物の
オバカが唯一の友人とは情けない。この後、彼が本当にメールの送受信できるかどう
か・・・ぼくには自信がないのです。ほんとうに。
                            以下次号