「韓国人への漢字名強制の廃止を求める」

国際情報専攻 武田里子

著者紹介:
国際情報専攻の武田里子です。新潟県大和町にある国際大学に勤務しています。国際大学は日本初の大学院大学で学生の7割を世界40ヶ国からの留学生が占めるというユニークな大学です。
私は学生センターで留学生の在留資格と奨学金関連業務を担当していますが、業務を通じてODAや労働力の国際移動に関心を持つようになりました。2年間、経済開発や開発支援について理論的に学び、日本の国際貢献について考えてみたいと思っています。















韓国の留学生李秀賢(イ・スヒョン)さんが線路に落ちた日本人を救おうとして亡くなられた日、私は韓国人留学生の在留資格認定証明書(1) を申請するため東京入管にいた。しかし、その申請書は受理すらされなかった。申請者の氏名を漢字表記していないとの理由からだ。韓国人の申請に漢字名を求めているのは、入管法上の規定ではなく法務省の内規である。法務省では、「協力事項」だというが、入管窓口では強力な「指導」が行われており、実質的には強制されている。

その後、さすがに漢字名がないという理由だけで申請を受理しなかったことについては、法務省より担当者の行過ぎた指導だったと正式な謝罪を受けた。そして、通常は申請から約2ヶ月かかる在留資格認定証明書は、再申請すると、わずか10日で発行された。だが、問題の本質は何一つ解決していない。この問題を解決するためには、韓国人の名前は漢字名で記載させるという法務省の内規を改正しなければならない。

パスポートは、各国政府が外国へ旅行する者の身分、国籍を証明し、その便宜供与と保護を依頼するために発給する公式文書である。韓国人以外の在留資格認定証明書の交付申請書に記入する名前は、全てパスポートの記載に従う。なぜ、韓国人だけはパスポートに記載された名前が申請者の名前として認知されないのか。留学生支援の現場では、この取扱いについて合理的な説明ができずにいる。

ほとんどの国のパスポートには、所持者の氏名が、その国の国語とローマ字で表記されている。名前の表記は、世界的に統一されたルールがあるわけではないため、姓と名の区別やスペルはパスポートで確認する。韓国のパスポートにも氏名はハングルとローマ字で表記されている。漢字名の記載はない。このため韓国人が申請書に書いた漢字名は、パスポートでは正否が確認できない。武田里子を「竹田里子」と記載しても、裏づけを取ることなく在留資格認定証明書が作成される。そのためか、日本大使館ではビザ発給の際、住民登録証との照合を行っている。

在留資格認定申請書の交付申請書の氏名に関する英文の説明は、Also write your name in Chinese characters, if used. とある。「もし、使っていたら漢字名も書くように」という意味だ。この説明だけで、自発的に漢字名を書く韓国人は少ない。一方、香港の中国人で英国のパスポートを取得している者が英国(香港)の国籍で申請した場合は、実際に漢字名を使っていても漢字名を求められることはない。この事例は、漢字名を使っているかどうかより、氏名はパスポート記載が上位規定だという証左ではないのだろうか。

一旦入国し、90日以上在留する外国人には外国人登録法により、居住地の市区町村で外国人登録を行うことが義務づけられている。この申請でも韓国人には漢字名を書くよう「指導」がある。しかし、原則は「パスポートの記載どおり」でよい。したがって、ビザ申請では不承不承「漢字名」を書いても、外国人登録では明確に拒否する留学生がいる。当然だ。名前は個人のアイデンティティの根幹にかかわるものだ。

なぜ日本政府は韓国人の漢字名にこだわるのだろうか。それは「両国の歴史的経緯」からだという。日本政府は、韓国に対して「日朝同祖論」や「日朝同種論」をもって同化政策を推進し、創氏改名を強行した。歴史的経緯に基づき韓国政府の主権を尊重し、植民地支配の残滓の解消に努力するというなら分かる。すでに漢字名があっても漢字の書けない世代、さらに、漢字名のない世代に対してまで、なぜ日本式の名前の表記を執拗に求めるのだろう。「漢字名がない」と言うと、「三代さかのぼれば必ず姓には漢字名がある」「漢字がなければ読み方をカタカナで書くように」と入管担当者はこともなげに言う。この論理に矛盾を感じるのは私だけだろうか。

金大中大統領の来日、韓国での日本文化の解禁、2002年のサッカー・ワールドカップの日韓共催など、日韓両国は新たな友好関係の構築に向けて動き出している。日本で学ぶ韓国の留学生は、留学生全体の5分の1を占める。日本に興味を持ち、日本語を学び、日本にやってくる留学生たちが、最初に直面する壁はビザ取得のための漢字名の強要かもしれない。この制度には、いたずらに日本の植民地支配の歴史を呼び覚ますほかに、どれほどの意味があるのだろう。

日本政府は、戦後、旧植民地の人々の日本国籍を喪失させ、外国人とした上で、国籍条項をたてにさまざまな社会保障制度から締め出してきた。この問題は、国際人権規約や難民条約の批准によって解消された。だが、いずれも外圧による改正という印象を残した。

だからこそ、在留資格認定証明書制度の韓国人に対する運用は、韓国からの抗議や外圧によることなく、日本政府自らの自覚的な判断によって是正されなければならない。戦後50年以上も続いてきた制度が一朝一夕に変わるとは思わない。しかし、留学生と日々接する現場からこの制度の矛盾と限界を主張しつづけていくことが、留学生担当者に課せられた使命の一つだと思う。慣習や旧弊を自らの判断によって、果敢に変革していく勇気が日本に、そして、今、日本人に求められているのではないだろうか。日本政府の英断を強く希望する。

(本稿は、2月17日の朝日新聞「論壇」に掲載された原稿に一部加筆したものである。)


(1) 日本に入国する外国人は、原則として事前に在外日本公館においてビザを取得し、空港あるいは港で上陸審査を受け、本邦在留中の活動内容に基づく在留資格と在留期間を定められて初めて入国が許可される。在留資格認定証明書は、日本に入国しようとする外国人について、その外国人の入国目的が入管法の定める条件に該当していることを、法務大臣があらかじめ認定したことを証明する文書である。留学生の場合は、受入れ大学が在留資格認定証明書を代理申請している。