「私のビズネスマン時代(第2回) ―ある事業再構築の体験から―」
人間科学専攻 沼上 基 著者紹介: 「与謝蕪村作品の剽窃的」自己紹介 |
人員削減による合理化後、1年経過したが、それだけでは、とても黒字化しうるものではなかった。1992〜1993年にかけての売上高下落は、すさまじいものであった。過去10年の中で、最低の売上高となった。納入先企業である自動車を中心とする車輌関係、家電、化学、建材、半導体関連メーカーなど、すべてが低迷した。基幹産業の構造不況とバブル経済崩壊とのダブルパンチであった。
私たちは、この不況の長期化を予測していた。その理由は、日本の名だたる製造業が盛んに生産拠点を海外に移していたからである。当時、私たちはバブル経済崩壊よりも、日本からの産業の流出に、つまり販売先が逃げ出してしまうことに、日頃から危機感を募らせていた。そこでわれわれの加工原料、製品、開発製品の投入先を、今後さらに高成長が期待される産業や、安定的産業、例えば食品関連産業などに求めるべく調査探索を進めていた。こうした日頃の問題意識があったから、事業部門としての事業再構築のための具体的計画を、販売、製造、技術、開発、管理などの各部門にわたって、短期に策定することができた。重要な目標課題を、戦略課題構造図(1)にまとめあげて、事業部門、製造子会社を含め、事業再構築のスタートを切った。やがて、他の事業部門も参加した全社活動となり、さらに関連企業の吸収合併、事業や組織の統廃合も行なわれ現在も続いている。
次に戦略課題構造図にもとづき、事業再構築の例を示そう。
事業戦略課題構造図(例)
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SPU |
製品-A |
製品-B &開発製品 |
製品-C &開発製品 |
製品-D 長期開発製品 |
製品-E |
機能 |
基本方針 |
シェアーキープ |
積極拡大 |
積極拡大 |
育成強化 |
成行き任せ |
販売 |
1.新規業界参入 2.他社参入障壁の構築 (工業所有権、サービス) 3.物流の合理化 |
2.アフターメインテ、コンサルティング体制拡充 |
1.食品、飲料業界/表示装置(液晶、プラズマ)ガラス基板/ポリシリコン/電子材料、2.工業所有権取得 |
製品の成長性、利益も期待できない。但し、顧客は重視する。 |
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3.工場直送体 |
制の確立、短納期、ストックポイントの廃止 |
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製造 |
1. コストダウン: (1)労務費/原価の比率の逓減(2)生産の効率化 2.海外生産拠点探索 |
1−(1)フレキシブル生産体制の構築 1−(2)生産技術改善による生産性アップ 2.マレーシア、タイ、インドネシアetc.の需要動向調査・事業性検討(回収計算) |
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上記に同 |
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技術 |
1.差別化技術の確立 2.リサイクル技術の確立 |
1.商品軽量化、シール性向上、*防振、緩衝機能の付与 2.商品解体容易性の向上/複合材分離性の向上 |
上記に同 |
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開発 |
1. 商品開発期間短縮 2. 設計能力の向上 |
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上記業界に投入した既存品をベースに新商品を追加投入する。 1.ユーザー情報を早期に入手し短期に要求品質を実現する。2.機能性、デザイン性、安全性を同時実現された商品づくり |
上記に同 |
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管理 |
1.人材の育成 2.研究の合理化 |
1.CADの増設/CAD教育の実施 2.中央研究所への研究委託を中止し工場技術にて実施 |
(注)基本方針項目の具体的な実施項目が、製品A〜Dにわたって、基本方針と同一の項目NO.で記載されている。
1.事業再構築から拡大への挑戦
戦略課題構造図においては、事業を再構築するために各セクション(5機能に簡略化)が果たすべき重要課題を、基本方針として縦軸に掲げている。横軸は事業を支える、製品−A、B、C……..である。これらをSPU(Strategic product unit)という。製品−Aは単一製品ではなく,同種の複数の製品群を意味する。諸機能とSPUの交錯する欄が重要課題である。なお,これらのSPU群を扱う諸機能の総体的組織をSBU(Strategic business unit)という。以下は、ある戦略的事業単位,SBU(2)による事業再構築である。
(1) 販売面の基本方針は、自社の限りある人材、技術開発などの調査研究費、設備投資、宣伝経費などの経営資源を重点的に、新規の成長産業企業群を対象に的を絞って投入していくことである。なんとしても新規参入を果たし、シェアーを拡大し再成長しなければならない。一方で既存顧客への、競合他社の参入を防止するために、特許網を張りめぐらし、コスト面での協力をしながら、技術情報の提供や問題解決のためのコンサルティング活動を計画した。ポジティブなリストラへの挑戦である。
(2) コストダウンは徹底して行ない、原価にしめる労務費比率を削減する計画は、常に工場の重点課題とした。その一つの方法であるフレキシブル生産体制とは、自社従業員を少なめに固定化し、他は外部の臨時雇用によって必要に応じてまかなうものである。現在の“アウトソーシングである。”したがって無駄な固定費は一切発生しない。私の部門では“固定費の変動費化”と呼称した。生産技術改善による生産性向上は、主として部品設計の工夫によってアッセンブリー効率の向上を目的とした。
(3) 技術面においての重要課題は、自社製品に関するリサイクル技術の開発であった。設計段階より製品の廃棄、もしくはリサイクルのことを考慮して容易に解体しうる設計手法の確立と、複合化された素材分離を目的とした。現在では“DFD(Design For Disassembly)”と呼ばれている。これも自社製品の有効な差別化策である。
(4) 商品開発期間を短縮することにより、試作費の節減を図り、顧客の要求品質にも、もっとも早く対応して競合を排除し、真っ先に製品を納入することに努力を傾注するのである。つまり顧客の製品仕様決定に参画し、シェアーを拡大することによって、自社品が業界標準となりうる可能性が期待できる。これは大変大事な基本戦略であった。
試作品が完成するまでには、さまざまな要求品質を充たしておかねばならない。短期試作品完成は、問題解決の並行処理がどれだけできるかに依存する。また、設計計画時の計算ずくめの合理性だけでなく、むしろ洞察力、創造性、経験の要素が大きかった。
(5) その他、この計画においては、自社社員の増減は一切ない。人員の削減、採用も考えない計画であった。営業会議の席上、基本方針を述べた後で、部長以下全員を鼓舞した。
“今後少なくとも3年、転勤、出向、転籍、他部門転入者も、一切なし。この事業部、工場は諸君の職場である”と。
上記戦略課題を実現しながら、3年後、製造子会社の債務超過を一掃し、4年後に過去最高の増収増益を記録した。さらに、5年後に工場の増設をした。基本方針の遂行を、途中で見送ったものは、海外生産拠点探索である。東南アジア経済悪化のためであった。その他リサイクル技術の確立はまだ未達成で継続中である。他はすべて実行した。“方針管理”による目標管理は、厳しい管理方式であったが、部門長以下全員の成果であった。しかし、“行動分析学”的な見地からすると、私のやり方は、おそらく“嫌悪統制”的であったかもしれない。“私という重し”が、はずれた現在“タガが弛んでいなければ”幸いである。
2.遅れている人事問題―人事部門もリストラ(再構築)の対象―
事業再構築は、素晴らしい成果であると評価された。しかし、大いに力を発揮した部下たちの評価の段階になって、“報われたな!”と彼らが感じるような評価ができなかったのである。給与や待遇の改善は、永年「小出し」“1本やり”で済まされ、そんなものだと、誰もが諦観していたのかもしれない。しかし環境は、もはや変化した。
事業再構築をスタートさせてから、所期の目的を達成し、次の飛躍へスタートするまでに、5〜6年経過しているが、人事部門が人事制度を時代に適合するように改革できていなかったと見るべきであろう。それでいて、能力主義、業績主義が標榜されて、事業部長以上には年俸制が導入され、また55歳になると、所謂ポスト定年制が適用されて、役付きでなければ部長といえども、昇給昇格はストップし、昨日の部下が今朝は上司という事態も生じた。翌年からさらに一定比率で、給与カットも実施されていく。(社員からすれば、ポスト定年の内容は“濡れ衣の厳罰”であろう)。一方では学歴格差は、何処の企業でも存在している。
しかし実力主義、業績主義、能力主義を標榜し、厳罰主義ばかりが目立ち、高い評価と,それにともなう待遇や報酬の改善が魅力的なものでなければ、あまりの片手落ちに嫌気がさし、やがて会社を見限る優秀な社員も出てこよう。また実力主義なら、学歴による格差は、設けないほうがよい。能力や知識の格差は、それが存在する場合には、業務遂行時、自然に出てくるものだ。
事業再構築における販売の基本方針「1新規業界参入」および「2他社参入障壁の構築」を具体的に遂行し、もっとも業績に寄与したのは、55歳を過ぎて、給与を2割も減額された社員と、中年の高卒のファイターたちであった。しかし、彼の功績に報いるために、給与の減額を是正することはできなかった。なぜならば、人事部門にとっては、それが制度であって、例外事項はありえなかったのである。そこで業績評価として賞与、数万円が一時金として上乗せできたにすぎない。慣習主義と横並び意識が相変わらず脱却できていない。人事制度が制度疲労に陥っていたと言わざるをえない。制度疲労は常に起きる。
だからこそ、ヒトは現実世界を洞察し、思考力を磨かねばならない。日頃問題意識をもっていれば、対処の仕方が変わってくるはずだ。
こと、人事問題に関するかぎり、私たちは時代の動きにかなり遅れをとっているようだ。この例のように、処遇や報酬を、制度上の全社共通の統一ルールに則って、無難に、平均的に判断するのではなく、それぞれの部門長がより高い活性化のためには、なにが必要かと言う観点から独自に決定するほうがよい。このとき、人事問題はツール化されている。そして役に立つ。マネジメントが先にあるのであって、人事制度が先にあるのではない。
今後、ますますグローバル化する競争市場において、各企業の事業組織や系列企業群は、アクティブで、自立的でなければ勝ち残ることはできない。人事が(中央)集権的であって、統一的人事制度、つまり共通のルールによって事業組織や資本系列の関連企業を管理することが、人事の公平性や評価の客観性を保てるなどという考え方は、修正せざるをえないであろう。
人を生かすことができず、組織の活力を阻害するような人事管理なら、組織的能力の劣化を招いているのだから、当然リストラの対象である。(第2回完)
注(1)日本能率協会による企業研修資料のなかの、「戦略課題構造図」の様式を修正。
但し、記入された事業再構築のデータは事実にもとづく。したがって製品名、企業名は公表
されない。
(2)GE社(米)、ボストン・コンサルティング・グループ、マッキンゼー社が創造した経営管理手法
における用語。従来タイプの事業部制のうえに、戦略策定のための強力な組織単位を重ね、戦
略的意思決定をさせるものである。超事業部制ともいう。
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